お知らせ
4年間を振り返って -土方太朗-
2026/01/20
ホームページをご覧の皆様、こんにちは。
本日は学生コーチの土方太朗が担当いたします。
はじめに、ファンクラブ、OBOG会、父母会、学園関係者をはじめとする皆様、2025年度も多大なるご支援とご声援を賜り、誠にありがとうございました。
4年間を振り返りますと、入部当初に思い描いていた大学ラグビーの舞台とは、全く異なるものでした。
高校時代には東京都花園予選で準優勝を果たし、大きな夢を抱いて大学ラグビー部に入部しました。
しかし、大学で私を待ち受けていたのは度重なる怪我でした。
選手を辞めるまでの1年3ヶ月の間に、両足首靭帯損傷、脳震盪を3回経験し、実際にグラウンドに立つことができた期間は、わずか2、3ヶ月ほどでした。
ドクターストップにより選手を引退することとなり、その後は分析担当、学生コーチとして部に残る決断をしました。
全く新しい立場での挑戦となり、モチベーションの維持に苦しむことも多くありましたが、同期や先輩、後輩、そして本部棟メンバーに支えられ、最後までやり切ることができました。
結果としては、対抗戦Bグループ3位という非常に悔しい成績に終わりましたが、結果だけでは語ることのできない多くの経験を得ることができました。
成功も失敗も、その全てを今後の人生に活かしていきたいと思います。
最後になりますが、改めまして、今後とも成蹊大学ラグビー部への温かいご支援、ご声援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
本日は学生コーチの土方太朗が担当いたします。
はじめに、ファンクラブ、OBOG会、父母会、学園関係者をはじめとする皆様、2025年度も多大なるご支援とご声援を賜り、誠にありがとうございました。
4年間を振り返りますと、入部当初に思い描いていた大学ラグビーの舞台とは、全く異なるものでした。
高校時代には東京都花園予選で準優勝を果たし、大きな夢を抱いて大学ラグビー部に入部しました。
しかし、大学で私を待ち受けていたのは度重なる怪我でした。
選手を辞めるまでの1年3ヶ月の間に、両足首靭帯損傷、脳震盪を3回経験し、実際にグラウンドに立つことができた期間は、わずか2、3ヶ月ほどでした。
ドクターストップにより選手を引退することとなり、その後は分析担当、学生コーチとして部に残る決断をしました。
全く新しい立場での挑戦となり、モチベーションの維持に苦しむことも多くありましたが、同期や先輩、後輩、そして本部棟メンバーに支えられ、最後までやり切ることができました。
結果としては、対抗戦Bグループ3位という非常に悔しい成績に終わりましたが、結果だけでは語ることのできない多くの経験を得ることができました。
成功も失敗も、その全てを今後の人生に活かしていきたいと思います。
最後になりますが、改めまして、今後とも成蹊大学ラグビー部への温かいご支援、ご声援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

4年間を振り返って -横山龍太郎-