お知らせ

ソラニン -西澤恭平-

2026/01/12

ホームページをご覧の皆様、こんにちは。
本日は4年の西澤恭平が担当させていただきます。

冗長な文章になってしまいましたが、少々お付き合いいただけますと幸いです。

決して長く暗いトンネルではなく、私にとって10年間のラグビー人生は幅の広い階段だった。

適度な挫折、適度な成功を繰り返した中高時代を終え、私の大学生活はリハビリからスタートした。
ほぼ1年間と長く苦しい時間が続いたが、トレーナーのサポートもあり冬には完全復帰することができた。
しかし、スタートの遅れた自分を周りが待っているはずもなく、同期と遠く離れた実力の私は、何もできないまま1年を終えた。

2年、春シーズンから試合に出始め、対抗戦Aグループの舞台にも何度か立たせてもらった。
しかしまだ実力は足りず、入替戦に出場することは叶わなかった。

3年、ライバルのカンベエさんと抜かし抜かされを繰り返す、実のある1年間だった。
入替戦に勝利することはできなかったが、試合後、初めてチームの一員として泣けていることが少しだけ誇らしかった。

4年、ずっと何かに焦っていた。
なかなか結果がでないことも原因の一つであったし、どこかゆるい幸せがだらっと続いてしまっている感覚があった。
このままだとどこかで失敗する、そんな予感がしていた。
もっと自分が変わらなければ、そう思い日常の全てをラグビーに費やし、無我夢中で走った。
その結果、武蔵大学に負けた。
頭に靄がかかったようで、まだ努力が足りないのかと自分を責め、視界はどんどん狭まっていった。

そして明治学院大学戦、死刑宣告の笛と共に思考と感覚が鮮明になる。
頬を這う汗が妙に気持ち悪く、身体中が締めつけられるように痛んだ。
鼓膜付近まで伝わる拍手の音圧。
はっきりと見えてしまう観客席。
人生で初めて、本当の意味で周りを見渡した。
そこには自分なんかよりもっと悔しいはずのノンメンバーのやつらがいた。
いつだって応援して、支援してくださるOBの方々や家族がいた。
子供との大切な時間を自分たちに捧げてくれたコーチがいた。
支えてくれるスタッフがいた。
背中を蹴り飛ばしてくれる後輩がいた。
そして、一緒に横を歩いてくれる同期がいた。
もっと周りを見るべきだった。
今までどこを見て生きてきたのかわからなくなった。
実は何も見えていなかったんじゃないか。
そう思うと怖くなって、もう一度目を塞ごうとしたけれど、せっかくだからちゃんと世界を見ることにした。

平坦だと思い立ち止まりそうになる瞬間、適度な毒を食らい段差を上がる。
そんな理想のラグビー人生だった。
ただこの結果は今までに比べてあまりにも猛毒。
あの時こうしていれば、あの日に戻れれば。きっと死ぬまで後悔し続けるのだろう。
それでも今際の際、自分にはあの経験が必要だった、
そう思える人生にするため、今日も前を向いて歩くのだ。

最後になりますが、常日頃から応援してくださる全ての方々へ、今年度は菊本組を応援していただきありがとうございました。
昨シーズンの雪辱は、きっと後輩たちが果たしてくれると信じております。
今後とも成蹊大学ラグビー部へのご支援、ご声援のほど何卒よろしくお願い申し上げます。