コラム~成蹊ラグビー

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霞が関ビル

投稿日時:2019/04/11(木) 13:55

1968年の今日(4/12)日本初の超高層ビル「霞ヶ関ビルディング」が完成した
千代田区霞が関3丁目、もとは東京倶楽部(交詢社、日本倶楽部と共に日本を代表する社交クラブ)と霞友会館(旧華族会館)の跡地に建てられた
当時の建築工事費は163億円(現在の物価に換算すると550億円) 施主は三井不動産と霞会館、施工は鹿島建設と三井建設のJV(共同企業体)byWikipedia

おそらく壮大な工事現場だったと思う
地震列島と言われ、昭和40年代前半、巨大地震にいつ襲われてもおかしくないと言われていた都心に超高層ビルが建つのか・・・・・当時は高さ制限として31m以上の建物は建てられないという条例(百尺規制)があり、それ以上の建物を建てることは禁じられていたところに1961年の都市計画法の改正で導入された特定街区制度を利用して建設が可能となったのだ

子供の頃、山手線沿線風景に突如として巨大な何かが現れたので、当時流行していたTV番組のウルトラセブンの怪獣「キングジョー」みたいだなぁと眺めていたことを思い出す

現代では200mを優に超す超高層ビルが当たり前のように林立しているが、それも全てこの霞が関ビルから始まったことを考えると想像を絶する困難を乗り越えて作り上げた先人たちの知恵と努力には敬意をしめすしかない

やはり日本は創造立国なのだ 
建築物はもちろん、自動車や電化製品、そして見た目にはわからないそれらを構成する数々の部品、日本の産業はこういうものから成り立っていることを忘れてはいけないと思う

2019.4.12
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桜の季節

投稿日時:2019/04/08(月) 14:46

今年の桜、例年よりも早く開花したけれど開花後の寒暖日が交互に続くようなことがあったせいかいつもより長く楽しむことができた
千鳥ヶ淵、靖国神社や自宅近くの神田川沿い、善福寺川沿いを早朝や夜遅くに飽きることなく何度も鑑賞できたのはとても幸せなことであった

昨年もこのコラムに書いたけど、春と言う季節があまり好きではないが、今年のように長い期間に桜を鑑賞できるのであれば春も捨てたものではない

この時季の楽しみはなんといってもどのような新入部員が訪れてくれるかに尽きるが、昨日入部式では16名の新人が入部してくれたようだ
これが多いか少ないかというと強豪校と比べたら遥かに少ないが、成蹊の学生数からするとよく入部してくれた方だと感心している

まずは馴染むことが大切なのでゆっくりと学業と両立をしながら慣れていって欲しい

即戦力を期待するがそれよりも4年間しっかりとやりきれるように現場もOB会も温かい目で応援していくことが肝要だと思う

新人の目が出る日を楽しみにこれからも見守っていきたい

2019.4.8
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未来の年表

投稿日時:2019/03/29(金) 17:10

昨日の社内研究会で面白い本を紹介された
少し前に出版された本だけど河合雅司氏という方が書いた「未来の年表」という書籍である
この本は少子高齢化の進む日本がこの課題に無策のまま行くとどのような状態になるかを年表形式で表現したものであるが、その年に想定されることを自身が何歳で迎えるかを考えながら読むと面白い、というか少し恐ろしくなるが紹介したい

2019年 IT関連産業への就職者数が退職者数を下回る→IT産業でさえ労働力不足となる
2020年 女性の50歳以上の人口が49歳以下の人口を追い抜く
2021年 団塊ジュニア世代が50代に突入→企業の人材不足の加速化、育児と介護を同時に行わなくてはならないダブルケア問題の表面化
2022年 団塊世代が75歳に突入→後期高齢者、老齢一人暮しの世帯が増加
2024年 3人に1人が65歳以上になり、6人に1人が75歳以上の超高齢化社会→医療機関や介護施設の整備が追い付かない
2025年 東京都の人口もついに減少
2030年 国民の30%以上が高齢者に突入
2033年 空家率30%→マンションなど管理組合の維持が困難
2040年 523の自治体で人口が1万人を切る→限界集落の増大
2042年 高齢者が4000万人となり、高齢者の貧困化、生活難が急増
2045年 都民の3人に1人が高齢者

この問題に対応すべく今研究が進められているのが日本版CCRC(Continuing Care Retirement Community)としてプラチナ社会の必要条件を各方面での可能性を追求し始めている

国会で下らない質問ばかりしている野党の面々やだらしがない自民党の議員も今そこにある危機にしっかりと目を向けて考えていかないと日本の未来年表はお先が真っ暗である

ラグビー部の学生達もこの年表を観て何を感じ、また、将来どのような形でこの問題を解決していかなくてはならないのか考えなくてはダメだと思う

成蹊のラガーマンはラグビーばかりしていては社会に出て貢献できる人材にはなれないと最近の彼らを見て危機感を感じている

2019.3.29
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万博

投稿日時:2019/03/14(木) 17:12

1970年の本日3月14日に大阪万博(EXSPO70)が開幕したことが新聞記事に出ていた

アジア初、かつ日本で最初の国際博覧会であり、当時では史上最大規模を誇っていたらしい
「人類の進歩と調和」をテーマに掲げ、77か国が参加、戦後 高度経済成長を成し遂げ米国に次ぐ経済大国となった日本の象徴的な意義を持つイベントとなったとWikipediaに記されている

僕がちょうど小学1年生の夏休みに従兄弟家族と一緒に訪れたけど、記憶にあるのは行列に並んでばかりいたことと外人に誘拐されかけたことと宿泊先で泥棒騒ぎがあったことであり、どのパビリオンに入ったとかどこに宿泊していたとか全く記憶にない

当初3,000万人の来場者目標であったところに6,500万人近い人が訪れ、述べ22万人の迷子が発生し、現金の落とし物合計額で4,800万円もあったことをみても当時の日本の勢いを感じることができる
この時に出展されたもので後に一般的に普及した技術としては温水洗浄便座や動く歩道、テレビ電話があり、食文化としては缶コーヒーとファーストフード店(ハンバーガショップやケンタッキー・フライド・チキン)などがある

6年後の2025年再び大阪で万博が開催されることが決まっている
テーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」であり、フォーカスを「人」に当てている
未来社会への実験場をコンセプトとしているが、どのような技術が披露され、それが人類にどのように活かされていくのか、今度の万博はそういうことが記憶に残るように訪れてみたい

2019.3.14
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3月になりました

投稿日時:2019/03/01(金) 14:20

2019年が明けて早くも2か月が過ぎた

春もすぐそこまで来ている 
3月6日は啓蟄だ 世の中の色々な物事がもぞもぞと動き始める季節となった

世の中が色々と動き始めてきて・・・・・今日から就活における会社説明会が始まった
経団連の規定による就職協定の最終年度となるが、こんないい加減な紳士協定もない
詳しくは昨年も書いたので改めて述べるつもりはないが、おそらく解禁日の6月1日は各企業の内々定日となることは間違いないだろう

話を変えて、世間一般的に3月の一大行事と言うとやはり雛祭だろう
子供の頃、男子にもかかわらず雛祭が待ち遠しかった
あの人形を並べるのが好きで、並べた後 人形を使って御飯事のようなチャンバラごっこのようなことをして遊んでいた
乱暴に扱って首が取れてしまい、ばれないように元通りに直したつもりが微妙にずれていて、ばれてこっぴどく怒られたことを記憶している

この雛飾りは地方によって趣向が違う
大きく分けると関東地方と関西地方の違いになるが・・・その違いで顕著なものは関東地方の「駕籠」、武家の持ち物や暮らしを再現し、関西ではそれが「牛車」となり宮中の暮らしを模したものとなっているらしい

地域によっては3月3日に必ずしも雛祭りが行われているわけではないが、日本のほとんどの地域で3月3日が雛祭の日となっている
現代のように世の中の物事の移り変わりが激しくなってきている中でも、雛祭のように大切に守られている伝統行事がある
就活は伝統行事ではないが、これからの人生の中で大切なことを決めていかなくてはならない活動なのだからせめて日程くらいは長年の慣習の中でしっかりと決まってもいいのではないかと思う

2019.3.1
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シーズンイン

投稿日時:2019/02/25(月) 17:21

2月16日に新シーズンがスタートした

今年のスローガンは『Change』となった
監督も主将も同じように述べているが、何かを変えなくては対抗戦Aグループで戦い続けることは厳しいという気持ちの表れだろうからこの言葉を選んだ新4年生達には期待をしたい


Changeの語源はラテン語のCambire(カンビーレ)  物々交換を意味しているそうだ
CambireからCambium(英語)に派生し、その意味は植物組織の層のこと、植物は年々新しい層へと成長していくことよりChangeという言葉が生まれ、それを変化と表現するようになったらしい
※参考文献は漢字語源語義辞典

誰が言った言葉か忘れたけど・・・
変化とは新たに何か外からの物を足すというよりも自分本来が持っているもの、又は、自分の中核にあるものに近づいていくことこそが変化であると言っていた

部員たちが持っている潜在能力を引き出す(=近づく)ために精一杯変化し続けていけば、今シーズンの目標は必ずや達成できるとこの言葉の意味を調べていく中で確信を持つことができた

ぜひ今年一年変化し続けて欲しい

2019.2.25
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TrumpのKing

投稿日時:2019/01/28(月) 12:58

今一般的に・・・Trump(トランプ)と言うと世界中を混乱に陥れている米国大統領の事を想像される方も多数いると思われますが、今日のテーマであるTrumpはCardsGameで使うトランプのこと
海外でトランプをしようとしてホテルフロントで借りようと思ったり、どこかで購入しようと思って「Trump please」と言っても理解を得ることはできず、PlayingCards,もしくは単純にCardsと言わないと自分の思うものは出てこない

日本でカードゲームがトランプと言われるようになったのは、それをしている外国人が盛んにトランプ、トランプと言いながらプレーをしているのを聞きつけたことが「トランプ」と言う言葉が広まった理由と言われています
意味は切り札と言う意味らしい

元々の語源は「Triumph(トライアンフ)」=「勝利」からきており、女性の下着で有名な「Triumph(トリンプ)」は日本で覚えてもらいやすいように読み方を変えた一種の当て字みたいなものです

そんなトランプカードにある4枚の「KingCard」にはそれぞれモデルとなる偉大な王様がいることをご存知でしょうか
①スペード♠のキング
唯一右を向いているこの王様はダビデ王(紀元前1040年~紀元前961年)であり、旧約聖書に登場する古代イスラエルの王様
カードに描かれている剣はゴオリアテを倒した際に使った剣を表しておりゴリアテの剣と言われています
②クラブ♣のキング
このモデルはアレキサンダー大王(紀元前356~紀元前323年)であり、マケドニアの王様としてギリシャを征服した後は世界統一を目指した王様
かの有名なアリストテレスが家庭教師であり、知と勇を兼ね備えた王様として評されています
③ダイヤ♦のキング
このモデルはジュリアス・シーザー(紀元前100~紀元前44年)であり、4人のキングの内、唯一顔が横を向いており、描かれている武器も唯一斧です
この斧は「ファスケス」と呼ばれ、執政者の権威の象徴とされており、このファスケスを語源として派生したイタリア語に「ファッショ」があり、「ファシスト党」や「ファシズム」と語源の広がりを見せています
④ハート♥のキング
このモデルはカール大帝(742年~814年)であり、現在のヨーロッパの国々の原型となったフランク王国を統治をした王様で「ヨーロッパの父」と呼ばれているそうです
描かれている絵の特徴としては唯一口ひげをたくわえていないことですが、これはカール大帝に口髭がなかったのではなく、当時の絵柄は版画で作られており、原版を作る際にのみを誤って滑らせてしまい口ひげの部分をそり落としてしまったからだと言われています

と・・・取り留めのないことを書き連ねましたが、普段何気なく見ている物や事、使っている言葉には各々しっかりとした意味があるのだということをカール大帝の命日である本日1月28日に改めて気づかされました

2019.128
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稀勢の里引退について思うこと

投稿日時:2019/01/16(水) 14:15

今日(1/16)ネットニュースに稀勢の里の引退決意報道が出ていたが、初日から3連敗していたこともあり、特に驚かされるような報道ではないが一抹の寂しさを感じたのは僕だけではないだろう

『稀勢の里』の四股名(醜名)の由来は、「稀に見る勢いで昇進していくよう」という想いからつけられたそうで、その多くが出身地に山や川、海などを付け、郷里を感じさせるものが多い中でなかなか趣向が凝らされている四股名であった
※正式な四股名は稀勢の里 寛(きせのさと ゆたか)であり、稀勢の里だけでは四股名とは言わないらしい
例えば・・白鵬は白鵬翔であり、鶴竜は鶴竜力三郎が正式な四股名である

稀勢の里の祖父や曽祖父は画家や彫刻家という芸術家の家系であり、およそ格闘家からは程遠い血筋の彼にとって身体が大きいばかりに選んだ相撲道の結末は寂しい結果となってしまった

俗に彼は「がちんこ相撲」の代名詞と言われ、大相撲界では異色の存在であったことも引退を早めることになった一因ではないかと考えてしまう
日本相撲協会は相撲興業として「大相撲」をまるで国技であるかのように宣伝をしているが、日本には国技と言うものが存在しない
仮に相撲協会が大相撲を国技として取り扱ってもらいたいと願うのであればそれに相応しい興行団体になるべきである

稀に見る速さで横綱の地位を追われることとなった稀勢の里のこれからの人生に期待をしたい

2019.1.16
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年末挨拶

投稿日時:2018/12/27(木) 16:09

年末年始 日本海沿岸地域を中心に猛烈な寒波予報となっているが、自分の中では穏やかな年の瀬を迎えている
それもこれもすべて学生のおかげである

この幸せ一杯な気持ちのまま日本ラグビー界全体を見渡すと明ける新年には世紀の大イベントであるラグビーW杯を迎えることになる
おそらく近年では稀に見るほどラグビー界全体が脚光を浴びることになり、これをきっかけにラグビーを始める子が増えると想像している

その子たちが大学生となるまで成蹊は対抗戦のAグループに居続けることが大切だ

残留したことは立派だが、この3年間対抗戦で1勝もできていない事実に目を向けなければならない

3年生以下の学生たちは既に来季に想いを巡らせていると思うが、現実逃避せず弱体化の著しいFWの立て直しを中心にしっかりとやっていって欲しいと思っている

そして我々OB会も『勝って兜の緒を締めろ』 来期も学生をしっかりとサポートできるようにより一層盤石な体制作りが重要になってきます

さて、この1年間 私のコラムは昨年と比べると投稿数もかなり減ってしまっているという現実的反省をしています・・・・気づくと同じような内容になってしまっていることもありますし
来年をどうするかまだ決めていませんが・・・「読んでるよ」と言う声に支えられていることもあるので来期も今期程度に続けていければとは思っています

いずれにしても今年のコラムは今回で終わりです

お読みいただいてありがとうございました

皆様 どうぞ良い年をお迎えください

2018.12.27
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ありがとう

投稿日時:2018/12/10(月) 15:55

今年はいつもと違う環境で勝利を知ることとなった

成蹊が入替戦に出るようになって観戦しないことは初めてのことであり、直接見ないことがこんなにも緊張するものとは思わなかった

対抗戦の試合内容も例年以上に良くなかったし、何よりも成蹊の看板であるはずのFw戦で劣勢になるのではないかと想像していたので、今回は本当に降格をするのではないかと正直勝手に覚悟を決めていた

学生にしてみたら勝手に覚悟を決めるな 結果を見てくれ!という気持ちの表れだったのか、魂のタックルが炸裂していたらしい

本当にごめんなさい 信頼足らずで・・・

昨年も書いたけど、本当に今年もこれでゆっくりとと楽しい気持ちで年を越すことができる 
これは何よりも一番大切であり、素晴らしいことなのだ
そんな素晴らしい気持ちにしてくれる学生達には本当に感謝しかない

最後に 古市主将 お疲れ様 そして 本当にありがとう

2018.12.10
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まるで他人事

投稿日時:2018/11/20(火) 13:56

昨日TVニュースから衝撃的なテロップから流れてきた
カルロス・ゴーン氏が東京地検特捜部により逮捕されたというものだ
1999年6月「日産リバイバルプラン」を掲げフランスのルノー社から派遣され、見事に日産自動車を甦らせた凄腕の経営者が有価証券報告書虚偽申告ということで金商法違反で逮捕されたのだ

2010年より1億円以上の役員報酬を支払われいる人物を対象に有価証券報告書に開示することが義務付けられたことにより、大企業の役員報酬については度々話題にはなっていたけど、まさかそこで虚偽の申告をするとは誰も考えなかったと思う

いずれにしても社内リークによるものだろうが、ゴーン前とゴーン後に入社した社員間の確執もあると聞いている

それにしても、あの西川(さいかわ)社長の記者会見を見た誰もが感じたことは、なんでこの人は他人事のように話しているんだろうということである
「憤りを覚える」とか「権力が集中しすぎていた」とか自身も被害者であるような記者会見では「リバイバルプラン」によって取引を切られた下請け企業や首を切られた社員は納得しないだろう

僕が銀行に入行して間もないころの研修で業界調査報告と言うのがあって、日本の国業ともなっている自動車業界も将来的に生き延びるのは「トヨタ自動車とホンダ」しかないとレポートしてきた事業調査部の報告に驚いた覚えがあるが、その頃より日産は巨額の有利子負債により経営状況が良くなくて、この西川氏も当時より在籍していたはずだろうから、そういう経営者のもとではまた元の木阿弥となってしまうのではないかと思ってしまう

話を変えて…尻に火のついた成蹊ラグビー部の現在の話
日曜日の青学戦・・昨年に引き続き惜敗をしてしまい入替戦が決定した 途中からFW戦で健闘しながらの敗戦なので学生もショックを隠せないようだ

しかしながら古市主将以下4年生に気づいてほしいことは、何も自分たち代が他の代と比べて戦績が劣っているということがないということである
昨年も一昨年も対抗戦Aグループでの勝ち星はないし、失点に目をふさげば得点力はかなり上がっている

次戦の日体戦…今シーズンの対戦校における得失点差を見れば明らかに日体大の方が強そうだが・・過去に2度下馬評をひっくり返し勝ったことがある相手だ
FW戦で優位に立ち、しつこいタックルが実現できれば必ず勝つことができると信じている

成蹊ラグビー部の動向は僕にとっては他人事ではなく、まさに『目の前にある危機』である
あと2試合 学生には悔いの残らないように戦って欲しいし、それに対して我々OBも全力でサポートしていきます

2018.11.20
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池田先生宅訪問

投稿日時:2018/11/14(水) 11:58

今月初め 鹿児島へ出張があった
せっかく九州に来たのだから池田先生に会わなくては、と思い立ち同行者と別れて鹿児島中央駅から九州新幹線で博多へ向かう
先生宅(大牟田市内)には翌日の昼過ぎに伺うこととなっていたので、九州在住の若手OBと東京から駆けつけた盟友O(平成8年卒)と共に『博多喰い修行』と題し、水炊き→魚介→炊き餃子と3軒の美味しいお店をはしご・・・たらふく食べ、たらふく飲んだ

翌朝11時に大牟田に向けて始動したもののお腹がすいたO氏の意見を取り入れ、天神駅地下街でラーメンを食べて12時の特急で大牟田に向かう
駅でさつきさん(池田先生の次女)が迎えに来てくれ、13時過ぎに先生宅に到着
※さつきさんは一人暮らしご飯会の場所を提供して下さっている方です

先生と和女さん(奥様)が準備万端待って下さっていて、和女さんの手料理を堪能、先生も焼酎を飲みながら昔話に話を咲かせた
ちょうど前日に成蹊が先生の母校である筑波大に大敗したことを嘆いておられ、学生の奮起を期待していた

先生は若干耳が遠くなられていたものの記憶鮮明、毎日3食しっかりと食べておりお体に異常はない様子であり、また和女さんも大層元気な様子で安心した次第・・・
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので帰りの飛行機の時間もあるので15時過ぎに先生宅を出た

先生との昔話では僕の同期の名前が何人も出てきたので、次回は彼らとまた訪問しなくてはならないと心に決めた日になった

先生に喜んでもらえるような試合結果を学生にはぜひしてもらいたいものである

2018.11.14
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明治戦を見て思うこと

投稿日時:2018/10/23(火) 13:30

20日の明治大戦

明治大学があのように規律を守り、全体的に統制のとれたアタックとディフェンスをしてきたら、正直成蹊には勝ち目はないと感じてはいる

感じてはいるけど・・強豪校との戦い方としてうちの準備不足は否めない

怪我人とか出てきているのでやむを得ないところはあるが、BKのコンビネーションは明らかに調整不足だし、攻めきれないところでの苦し紛れのキックは悉く相手のトライとなってしまった
この日のゲームフォーカスがなんだったのかわからないゲームをしてはダメだと思う

対抗戦にはいると・・・成蹊と強豪校との選手とでは1人10点のビハインドがあると仮定している
分かり辛い表現だが、試合中の対面に負けている選手の数だけその10倍の点差が開いてしまうと言うものである
これは技術的なものではなく、精神的な点差である
具体的にいうと・・帝京大とは113vs7 その差は106点 つまり約11人の選手が帝京大には精神的に勝てないとあきらめてしまっているということである
早稲田戦、慶応戦、そして明治戦 すべてに同じ仮定が成り立つように思う
それは戦う前からなのか、戦っているうちにそうなってしまうのかはわからないし、逆に戦っているうちに思ったよりも強くないと感じてくる選手もいるかもしれない

これからの対戦相手は今までの相手と比べたら遥かに戦いやすいはずなので、ビハインドを感じる選手がぐっと減ることを信じている
戦う前からでも良いし、戦っているうちに精神的に優位に立てるようになっていれば今年の目標を達成しやすくなると思う

そうなるために、戦力を充実させ、準備をしっかりとするようにしてほしい

2018.10.23
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ブレディスローカップ

投稿日時:2018/10/17(水) 17:25

10月27日に8年ぶり(前回は2009年10月31日 国立競技場)にブレディスローカップが日産スタジアムで開催される

ブレディスローカップとは、1931年から始まったオーストラリア代表ワラビーズvsニュージーランド代表オールブラックスの対抗戦の事であり、ラグビーワールドカップでの対戦以外でこの両国が行う試合はすべてこのブレディスローカップに組み込まれる

ブレディスローとは1931年の第1戦に優勝杯を授けた第4代ニュージーランド総督であったブレディスロー卿にちなんでいる
※ニュージーランド総督とは、ニュージーランドの国家元首であるニュージーランド国王(=英国国王)によって任命され、その代理を務めるので、一般的にはNZの国家元首としての存在である(by wikipedia)

当初は不定期年の開催であったが1982年からは毎年開催されることとなり、2008年からは海外プロモーションを目的に第4戦目を海外で行うようになり、日本開催はこれで2回目(香港2回、米国1回)

過去の対戦成績はニュージランド46勝、オーストラリア12勝
既に今年の勝敗はついているので両チームがどのくらい真剣に戦うかは不明だが、いずれにしても本場のラグビーが生で観ることができるのはすごいことだと思う

それにしてもいつも思うことだけど、日本の球技場は陸上競技場との併設が多いのでトラックフィールドの分だけ熱戦から遠くなってしまい臨場感に欠けてしまうのが残念だ
国土が狭い上に、スポーツ全体が学校でのクラブ活動が中心に発展してきた弊害だと思う

現在、Jリーグの発展に伴いサッカー場の整備はなされてきたが、トップリーグは資金力不足もあり競技環境は整っていないのが現状である
いよいよ来年に迫ったラグビーW杯 将来、国内でのラグビーがその競技環境と共にどのように発展していくのかその真価が問われる大会となるだろう

2018.10.17
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就職協定見直し

投稿日時:2018/10/09(火) 17:00

7日の慶應戦 真夏のような炎天下 ラグビーをするには相応しくない陽射しだったが選手たちに大きな怪我人も出ず戦えたことは良かった
ゲーム内容としては2トライは取ったが、もう少しできた・・つまり、もう少しトライを奪えたし、失点も防げたのではないかと思ったし、交代出場した選手たちのアピールプレーが少なかったことは残念であった
それでも奪った2トライは偶然のものではなく、練習でやってきたことの成果が表れたものだと思うので学生達もその点では自信を得たのではないかと思う

次戦は明治大 おそらく今シーズン一番強い相手だろう
学生たちは勝ち負けにこだわって欲しいとは思うけど現実にはなかなか難しい話でもあるので、ゲームフォーカスを明確にしてそれを実現して欲しい

さて、本日のニュースに就活ルールの見直し、現行ルールの撤廃が出ていた
現在の大学2年生の就職活動の時期には新しいルールの下で行われるそうだが、すでに形骸化しているので今更感がある

経団連の就職協定は1953年に定められたらしいが、僕たちが4年生の時、つまり1986年の就職活動では、その前年までの「青田買い」が社会問題となり就職協定が再度見直しされ、なんと就職解禁日が8/20となってしまった
8/20と言うのは、当時のラグビー部としては夏の菅平合宿が8/19から始まることに決まっていたので、大半の4年生が夏合宿初日に不在の状況を招いてしまうことなった
ここで大半の・・という表現をしたのは、当時は部員が多く4年生だけで30名おり、その30名の中ですでに留年組が6名ほどいたので彼らは就職活動をするまでもなく、初日から合宿に参加していたということを意味しています
この事態を打開するために当時の僕たち4年就職組の合言葉は「一番先に内定を出してくれたところに行く」ということで就職戦線を戦うこととなった
8/20初年度と言うことでどの企業もしっかりと協定を守ったおかげで本当にどの企業の誰もあってくれなかった・・今のような会社説明会なんて言うものもなかった・・・
しかしながら企業側としても『超短期決戦』となったので、少しでも早く良い学生を確保したいという思惑から同日に何度も面接があり、翌日の深夜には内定を得ることができたので、8/22には主将の板井と一緒に菅平に上ることができたし、他の同期も遅くても25日までには内定を得て続々と登ってきた

その昔から何度も協定を設けては形骸化してきているという歴史を繰り返しているので、新しい協定を作ったところで意味をなさないと思っている
僕たちの時のように夏休みの短期勝負が良いかどうかはわからないが、学校側が懸念している授業等に支障をきたすようなことを避けたいのであれば夏休みの短期勝負で良いと思っている

2018.10.9
SRFC Taro.S
 

秋を感じたい

投稿日時:2018/10/05(金) 16:25

例年ならば9月の中旬を過ぎたあたりから徐々に涼しくなり、夏を懐かしみつつもうろこ雲の出現などで秋の訪れを感じていたのだが、今年はどの季節もいきなりやってきては、相当な被害を与えていく気候に辟易としている
このままいくといきなり冬、しかもかなり強烈な冬将軍が襲ってくるのではないかと心配になってしまう

秋は神事、祭事、運動会などの催し物が日本各地で行われているはずなのに中止になるものが多く、残念な気持ちになってしまっている人も沢山いるのではないだろうか

秋の味覚の代表格である秋刀魚は漁に出ることができないので水揚げ量が減ってきているし、栗や柿は収穫前に落ちてしまって売り物とならないものが多いようだ

自然現象には勝てないのでじっと我慢するしかないのだろうが、地球温暖化の影響により『日本の四季』を感じることが難しくなってきていることを実感している
それに合わせて行事などの開催時期を考え直さないといけない事態になってしまうかもしれない

本来ならば秋は農耕民族である我々日本人が収穫を終え、豊作を喜びながらホッと一息をつく時期であり、冬越しに新年を迎える準備をする大切な季節である
この季節をしっかりと感じることが日本人にとって重要なのだと思っている

もうこれ以上の異常気象に見舞われないことを心底願っています

2018.10.5
SRFC Taro.S




 

雑感

投稿日時:2018/09/27(木) 15:40

先日の早稲田大学戦
開始20分過ぎまで規律あるプレーで締まった展開であったが、BKの外側が弱点と見破られてからは早大BKに良いように走られてしまった
この試合も100点超えを覚悟をしたが、最後のゴールを外してくれたおかげもあり昨年と同様99点で収まり胸を撫でた

試合後、監督コーチ陣と3年生の数名と食事をしながら、僕なりの観戦見解を披露しながら大量失点の原因を確認できたことは個人的にはストレス解消となった

僕でさえかなりのストレスなのだから学生はもちろんのこと、現場関係者のストレスを慮ると・・・ガス抜き程度の慰労会くらいしか開けないことがもどかしい

10/7の慶応戦、10/20の明治戦 まだまだ厳しい戦いが続くが、戦っていく中で必ず得ることがあるはずであり、敗戦の経験を活かしながら少しでも得点を重ね、大量失点を防ぐようにしてほしい

さて、全くの余談ですが・・・
今から29年前の今日 平成元年9月27日に『横浜ベイブリッジ』が開通したという記事を目にした
ベイブリッジなんていうものが日本、しかも比較的近くの横浜に開通したものだから、用事もないのに良くドライブしたものだった

大黒埠頭と本牧埠頭を結ぶ全長860mの吊り橋で、上層部の首都高速道路と下層部の国道357号の2重構造となっており、当初はスカイウォークと称した橋脚の道路下の展望台までの遊歩道があり、横浜港一帯の壮大な景色を一望できた人気スポットであったが2010年に閉鎖されてしまったことは残念だという記事の内容であった

僕としては本牧というと怪しいというか危ないところと言うイメージしかなかった・・・戦後は米軍基地(本牧ベースと呼ばれていた)が存在し、リキシャルームやアロハカフェ、ゴールデンカップなど主に外人を相手にする怪しげなお店が点在しているところであった
学生の頃興味もあったので練習後に何度か通ったことがあったが、全く馴染めなかったので行かなくなてしまったし、いつの間にかその存在も忘れてしまっていたが・・ベイブリッジの開通と同時にマイカル本牧なんていう巨大モール(バブル崩壊と主にマイカルが潰れ今はマンションが林立している)ができ、街が健全化されると同時にそれら店もなくなってしまったようだ

ということをベイブリッジ開通から29年と言う記事を目にして思い出してしまった

とりとめもないことを書き連ねたが・・大敗のストレスを解消することに繋がれば良いと勝手に思っている

2018.9.27
SRFC Taro.S
 

開幕

投稿日時:2018/09/19(水) 14:20

いよいよ2018年のシーズンが開幕した

初戦は大学ラグビーの聖地秩父宮で帝京大学との一戦

結果は7対113
ほぼ3分おきにトライをされる展開に対抗戦史上最高得点試合となる覚悟をしたが後半残り20分以降は攻め疲れたと思われる帝京大のミスもあり何とか収まるところに収まった感じとなりホッとした
救いは1トライを取れたこと
希望は若い選手たちが秩父宮で大学最強の帝京大と真剣勝負を経験できたこと

この113点はこれから戦う帝京大を倒したいと思っている早稲田大(9/23)、明治大(10/20)にとってバロメーターになるだろう
つまり、帝京大よりも多くトライを取り、ノートライに抑え113点を大きく上回るゲームを完遂すること
これらをゲームフォーカスとして80分間必死に戦ってくるに違いない

それに対してどのように戦っていくのか、春から積み上げてきたことを如何にパフォーマンスとして実現させるのかを帝京大戦を反省材料としてチームの立て直しを図ってほしい

CTBの甲山選手が何度も見せた好タックルやSH諸藤選手のパスミスを挽回しトライを防いだ必死のタックルなど随所に良いプレーも見ることができた
出場した選手全員が持ち場持ち場で好プレーを見せることができれば違う展開に必ずなるはずだ
さだましの歌詞にもあるけどだれもが自分の人生では主人公なんだから、試合に出場した選手はその試合の登場人物の主人公となって活躍して欲しいと思っている

2018.9.19
SRFC Taro.S

アジア大会

投稿日時:2018/08/27(月) 15:45

ジャカルタ(インドネシア)で開催されているアジア大会
先陣を切った日本競泳陣の活躍に引き込まれるようにTV画面上で声援を送っている人も多いのではないだろうか

私も注目のレースや試合に合わせるようにTVをつけるが、競技の合間に画面上に出現する観客席の多様な人種に驚きを覚えたのと同時にそもそもアジアってどこの地域のことを言うのだろう、、なんでイランとかバーレーンとか中東の人々がアジア大会に出場してくるのだろうと疑問を感じたので調べてみた

現在一般的にはユーラシア大陸のヨーロッパ以外の地域をアジアというらしく、ユーラシア大陸の約80%を占め、人口は世界最多でであり60%強がアジア地域に住んでいる(面積:44,579㎡、人口:4,436,224,000人、国数:48か国)
世界の都市の内、都市圏人口上位7位までがアジアに属する都市が占めている(1位東京、2位ジャカルタ、3位デリー、4位マニラ、5位ソウル、6位上海、7位ムンバイ、8位NY、9位北京、10位サンパウロ)

ただし、アジア地域の明確な定義はなくIOCとFIFAではアジアの範囲は異なっている
ヨーロッパ諸国から見たらトルコ以東(シベリアを除く)がアジアであり、アラブ諸国から見たら東南アジアと東アジアを指すようである

元来、言語的な成り立ちもありアジアを中近東、中央アジア、南アジア、東南アジア、東アジアと細分化する立場が求められていたが、近年では経済的なメリットや政治的な安定を求める観点からアジアをより広くとらえる考え方が一般化されてきているようだ

様々な人種、言語、宗教感、文明についてそれぞれの成り立ちや考え方を尊重することでスポーツと言うルールの下では皆が平等に、かつ平和にやっていけていることがアジア大会で証明されている

現在、米中経済戦争など世界中で不穏な動きが顕著になりつつあるが、このジャカルタにおけるアジア大会の粛々とした進行状況を世界中に示すことでそれらのことが如何に無駄なことであるのかを悟ってもらいたいと思っている

2018.8.27
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金足農業高校快進撃

投稿日時:2018/08/21(火) 13:15

夏の甲子園もいよいよ決勝戦となった
第100回を迎えた記念大会に相応しい対戦カードになったと思う
史上初二度目の春夏連覇を狙う「大阪桐蔭」と全国の農業高校の星、秋田県はもちろんのこと東北地方に初めて真紅の大優勝旗を持ち帰らせることができるか公立高校の雄「金足農業」
これほどまで日本中を巻き込んで注目されるのはマー君擁する駒大苫小牧vsハンカチ王子の早実以来だろう

金足農業がここまで取り上げられるのはやはり全員が地元秋田県出身の選手たちであるからであり、中にはこれが真の高校野球だと評する論調まである
まるで大阪桐蔭等私立の強豪校の方針を批判するような風潮が出てきている

でも、良く考えてみると、例えば東大や京大に入りたいと思い、東京の開成高校や兵庫の灘高校に全国から生徒が集まるのとあまり変わらないような気がする
スポーツと勉学に打ち込むことが違うだけで自分が打ち立てた目標を達成するために一番の近道を選んだ結果なのではないだろうか
それをあからさまに批判することに対しては違和感を覚える

14時にプレーボールとなる第100回全国高校野球選手権 選手はもちろんのことそれに関わる全ての人、そして観る人、聞く人すべての人々の心と記憶に残るような素晴らしゲームを期待したい

2018.8.21
SRFC Taro.S

最高気温について

投稿日時:2018/07/25(水) 15:55

本日7月25日は「最高気温の日」だそうだ
これは1933年(昭和8年)7月25日に山形県山形市で40.8度を記録したことに因んでいる
74年後の2007年8月16日に埼玉県熊谷市と岐阜県多治見市で記録した40.9度によりその記録は更新され、つい先日7月23日熊谷市で41.1度を記録したことにより、現在ではこの41.1度が国内最高気温となっている

気温の測り方は世界気象機関(WMO)により規定されており、地上から1.25m~2.00mの高さで、温度計を外気に当てないように測定すると定められており、日本では気象庁によりその高さを1.50mとしている

この暑さに関する気温用語(予報用語)としては以下の様なものがある
①熱帯夜
夜間の最低気温が25度以上のこと
誤解の無いように説明すると・・気象庁が統計しているのは熱帯夜ではなく、日最低気温が25度以上の日である
②夏日
日最高気温が25.0度以上の日
③真夏日
日最高気温が30.0度以上の日
④猛暑日
日最高気温が35.0度以上の日
以前は酷暑日と表現されることもあったが、2007年4月1日の予報用語改正によって正式に定義された

猛暑日が続いているのは何も日本だけではなく世界中で異常気象となっているようだ
自国の発展ばかりを考えるのではなく、先進国が中心となりCO2削減など地球温暖化を防ぐ手立てを真剣に考えないといけないことを地球が発信してくれているのだと思う

暑い夏を望んではいたけど・・・もう少し穏やかな陽射しをお願いします

2018.7.25
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酷暑に思うこと

投稿日時:2018/07/17(火) 16:00

まず、西日本豪雨により亡くなられた方々に哀悼の意を表します 
また、被災された方々は少しでも早く日常を取り戻されることを祈念しています
前職の関係上、今回のような激甚災害指定を受けたような被災地への支援については尽くしてもつくしきれないので挙国一致で対応すべきだと思っています

さて、梅雨がないと思いながら梅雨が嫌いな僕としてはありがたいと思っていたところに一気に盛夏が訪れた
盛夏ではなく酷暑・・・近年7月の異常ともいえる暑さは異常気象そのものであり、将来的には日本特有の「四季感」が無くなってしまうのではないかと危惧しています

今日は祇園祭のハイライトである『山鉾巡行(前祭)』 
京盆地特有の茹だるような暑さ、動かない熱風のような空気・・・鉾を動かす人も見守る人も本当に大変だ

この祇園祭は、富士山が大噴火し、東北にも大地震が発生し、マラリアや天然痘なども大流行し国内情勢が不安になったために、66ヶ国中の悪霊を矛に移させ諸国の穢れを祓い、3基の神輿で薬師如来を本地とする牛頭天王を祀り御霊会を執り行ったのが起源(貞観18年、西暦869年)とされているそうだ

東日本大震災以来、度重なり発生する大災害 
自然界の脅威に無力な我々はそろそろ第2の祇園祭を考えないといけないときが来ているかもしれません

2018.7.17
SRFC Taro.S

歴代主将

投稿日時:2018/07/06(金) 12:41

サッカー日本代表の長谷部主将が代表から引退することを表明した
一緒に戦ったメンバー達や過去の歴代監督から彼に対する賛辞の声の多さに彼の功績を知ることができる
代表主将として81試合に臨んだのは日本国内では過去最高であり、W杯3大会連続主将として戦ったのも世界でも類を見ないらしい

そんな記事を読んでいると、成蹊ラグビー部の中で僕が個人的に印象に残っている歴代主将について語りたくなりました
沢山の主将が思い出されますが、その中から特に思い出深い5名を挙げてみました
①大崎憲洋(おおさきのりひろ)先輩
昭和61年卒業、ポジションはフルバック
小柄ながら鍛えられた肉体と的確な判断力、またその効き足である左足から蹴られるキックは正確無比、そしてなんといっても抜かれたのを見たことがないタックルの凄さ
この人の試合前のロッカールームで語る言葉に何度も泣かされ、この試合のためなら死んでも良いと思わせる言葉の力に魅了されました
②板井二郎(いたいじろう)
昭和62年卒業、ポジションはフランカー
僕の代の主将だから選んだのではないが、入部した時から彼が自分たちの代の主将になると同期のだれもが認めていた人格者
高校時代は大分代表のLOに選ばれるほどFWプレー、特に下のボールへの仕掛けの速さはピカイチであったし、多くない口数、背中で語るタイプの主将の魅力は、現在、総合商社丸紅で執行役員になっていることからも理解してもらえると思う
③古山裕二(こやまゆうじ)
平成2年度主将、ポジションはフッカー
圧倒的、かつ威圧的な肉体からは想像ができないほどきめ細やかで心優しい主将
彼もしっかりと自分の言葉で自分の思っていることをチーム全員に浸透させることができるタイプであった
当時から成蹊の看板であった強力スクラムの最前線で身体を張り続けた頼もしいプレーヤー
現在は4年生の就職活動において、優しく懇切丁寧な面接指導をしてくれるSRFCの切り札的存在です
④菊池和彦(きくちかずひこ)
平成12年卒業、ポジションはフランカー
印象に残っているのは、入部間もないころの明治大学との練習試合、相手のラフプレーに対して負けずと反撃を仕掛けた図太さを思い出す
主将としてはそれまで8年間負け続け、20世紀中には負けないと豪語していた成城大学に対して20世紀最後の年に死闘を制し勝利を収めた闘志を前面に押し出す姿に感動を覚えてました
いまは、正義感の塊 警視庁の刑事として都内の治安維持に全力を尽くしています
⑤石田航己(いしだこうき)
平成28年卒業、ポジションはNO8)
現在の学生たちがAグループで戦うことができているのも彼らの代が入替戦で勝利を収めてくれたからである
本職はフッカーにもかかわらずチーム事情から慣れないNO8で身体を張り続けチームを鼓舞していた姿を思い出す
忘れられないのは、Bリーグでの大切な一番、成蹊グランドでの明治学院大戦に勝利を収めた後の応援に来ていた方々への挨拶 もともと口下手な彼はいつもは「気を付け 礼!」しか言わないのに、この試合の時だけしっかりと感謝の気持ちと入替戦への決意表明をしており、その時の観客席からの湧き上がるような歓声は今も忘れることがない
ラグビーをしている時は本当に格好良かった・・

やはり主将と言うのはその時のチームの顔そのものであるが、その背負う重圧は我々一部員として所属していたものには想像ができないくらい重いものだと思う
自分の思い描いていたものとは違う結果になってしまった代であったとしても彼らが主将として成蹊ラグビー部に記してきた足跡は決して色褪せることなくいつまでもその時代その時代の一緒に戦ってきた仲間や見守ってくれていた人々の心の中に光り輝いて残っているはずなので、主将経験者はいつでも自信をもって成蹊グランドに同期を引き連れて訪れて欲しいと思っています

2018.7.6
SRFC Taro.S

昨日の試合

投稿日時:2018/06/29(金) 14:20

今回もサッカーW杯の話になってしまうが・・
昨夜の日本vsポーランドの試合 後半の残り10分間の相撲に例えると’無気力’ゲームは相当がっかりした
翌早朝会議を控え寝たいのを我慢してわざわざ起きていたのに時間の無駄だったと感じたのは何も僕だけではなく、新聞やTV報道、ネットニュースなどの評価を観ても大半の人が同じ感想を抱いたようだ

W杯で決勝トーナメントに進出するという目標を掲げた日本代表にとって、同時刻で行われている同グループのもう一つのゲーム状況により戦術が変化するのはやむを得ないこととは思うが、勝てば何でもよいというスタンスはおよそ日本人の精神性とはかけ離れていたと思う

その昔、ルース・ベネディクトという女性が『菊と刀』という著書で日本人について述べているが、彼女に言わせると日本人の特性は「恥の文化」であると断定している
つまり、「恥」とは常に人の目を意識したところに行動の原点があるとしており、人の価値観が変われば恥に対する意識も変わるというものである

昨夜の試合 我々日本人はおそらく、この日本人の文化的特性から一番ほど遠いところの試合展開となったために失望を感じたのだろう

サッカー日本代表の愛称は『SAMURAI BLUE』、侍はその精神性の中で一番大切にしていることは恥であり、その侍たちが恥ずかしい試合をしてしまったものだから我々日本人は我慢がならなかったのである

決勝トーナメントでは、勝ち負けではなく我々日本人が世界に胸を張れるような試合をしてほしい

2018.6.29
SRFC Taro.S

リバウンド・メンタリティ

投稿日時:2018/06/25(月) 15:44

深夜の日本vsセネガルの生中継を興奮しながら観戦していた
先制点を取られるも取り返し、追加点にも落ち込むことなく同点に追いつき’価値あるドロー’により勝ち点1をゲットして決勝トーナメント進出へ大きく前進をした

ネットニュースでもこのW杯関連の記事が多いが、とても気になる言葉が目に留まった
それは『リバウンド・メンタリティ』という言葉であり、関連する記事から察するに『逆境を力に変える精神力・行動力』と置き換えることができると解釈した

前節のコロンビア戦、同点に追いつかれた後の決勝点や、今日のセネガル戦の2つの得点はいずれもこのリバウンド・メンタリティから生み出されたと言っても過言ではない
単なる親善試合ではなく、W杯の本選、しかも世界ランクでもはるか上位の国々に対しての成果なのだ

僕たちのラグビーも、このサッカーも試合が始まればハーフタイム以外は「作戦タイム」などはないので、試合中には選手が試合をコントロールしなくてはならない
監督の選手交代などは、その選手起用により監督のその試合に対する意思表示を感じ取ることはできるが、いずれにしても試合中の大半が選手間の意思疎通によりゲームが進行されている

よくコミュニケーションが大切だと言われているが、試合中の瞬時の判断が求められる時それをあからさまにしている暇などはない
しかしながら、選手同士は阿吽の呼吸ともいえる動きをよく見せる
これは、やはり普段の練習から培ってきた無言とも言えるコミュニケーション能力ではないだろうか
ミスを犯した選手がそのミスを挽回したいと必死になり、それを補うようなプレーを全選手が連動し始める
または、接戦の最中、絶対に負けられないという強い気持ちを誰かが表現することで全員がそれに呼応するようなすごいプレーを連発し始める
これらが発動するときにチームとしてのリバウンド・メンタリティが生まれるのだと思う

成蹊が秋の対抗戦に挑むときには、このリバウンド・メンタリティを如何に発揮させ、それを持続させることができるかが重要なポイントとなろう
それにより今年の戦績は大きく変わってくる

今回のW杯はそういう観点からも見どころがとても多い

2018.6.25
SRFC Taro.S
 

W杯

投稿日時:2018/06/15(金) 14:20

ついにFIFAワールドカップが始まり、オープニングゲームは開催国のロシアがアジアの同胞サウジアラビアを5vs0で圧倒した
サウジアラビアがアジアのカテゴリーにいるのはなんだか馴染めないが、予選リーグは日本と同組2位だったので応援をしていたが残念な形となってしまった
ロシアも石油産油国なので余計な忖度がなかったのかもしれない・・・

サッカーの国際試合を観ていつも感じるのは外人のシュート感覚の鋭敏さだ
得点にならずとも大抵枠をとらえているし、隙あらばどんな遠くからでも積極的に狙ってくる
それに比べ、日本人の狙わないことと言ったら時々腹立たしくなるくらいパス回しに徹してしまう
おそらく、幼少期のコーチングが影響しているのだろう
和を重んじ、突拍子もないプレーは非難され、変な場所や状態からシュートを蹴って外してしまうと叱責されてしまうので段々と周囲との調和を重んじるプレーヤーばかり育ってしまうのだろう
悲しいかな’狩猟民族’と’農耕民族’との違いと割り切るしかない

また、ワールドカップと言うと大概サッカーのワールドカップを連想すると思う
ラグビーW杯を思い浮かべるのはラグビー経験者でもほんの一握りではないだろうか
事実ほとんどのスポーツの国際大会はワールドカップとは言わず、世界選手権(WorldChampionship)と呼んで大会を開催している
1904年に設立されたFIFA(国際サッカー連盟)の設立要領には世界選手権を開催することが記載されており、1928年の総会で大会名称を「ワールドカップ」とすると定め、事実、この名称を世界で最初に用いたスポーツの祭典はサッカーだそうだ
サッカーほど世界中に広まっているスポーツはなく、競技人口も他のスポーツを圧倒しているに違いない

日本代表も19日から予選リーグが始まる
コロンビア、セネガル、ポーランドといずれの国もFIFAランキングでは日本よりはるか上位国ではあるが、マスコミの下馬評を覆し、快進撃を続け、入梅し鬱陶しい気持ちとなっている日本人の気持ちをカラッとさせてほしいものだ

2018.6.15
SRFC Taro.S
 

梅雨

投稿日時:2018/06/06(水) 12:45

とうとう関東地方も梅雨入りしそうだ 誰もがこの梅雨は好きではないと思うけど・・・僕は世界で一番好きではないと自負している
と言う話を友人としていたら、その友人も自分の方がその気持ちは上だということで、どちらの方が梅雨がより一層嫌いなのかという下らない論争をLineでしたばかりだが・・・

梅雨とは、6月から7月中旬、中国の長江下流から朝鮮半島、日本列島(北海道を除く)に出現する雨季であり、中国では「梅雨(メイユー)」、韓国では「長霖(チェンマ)」と呼ばれる東アジア特有の気候である
雑節の一つに入梅と言うのがあり、これは太陽が黄経80度を通過する日であり、毎年6月11日か12日 立春から数えて135日目にあたる

でもなぜ、「梅」と言う言葉が入るのだろうと思って調べてみると
「梅の実が熟すころに降る雨」とか「黴(かび、’ばい’と読む)が生えやすい時期の雨、ただし、黴では語感が良くないので同じ発音の梅を当てた」と言う説などがある また、梅は東アジア特有の植物らしいので、「梅」が充てられたのだろうと思われる

日本ではこの梅雨と言う言葉は江戸時代に中国から伝わってきたが、それ以前は「五月雨」と言っていたらしい
「さ」は陰暦の5月(現在の6月)を示し、「みだれ」は水垂れを意味している
五月雨式なんて言われるが、それは長くだらだらと続くさまを表現しているものである

梅雨は農作物の成長のために必要であることは理解をしているが、できることなら適所に適量で良いのであって、今年の予報のように例年よりもだらだらと長く、しかも雨量が多いというのは止めて欲しいと心底願っている

2018.6.6
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業平忌

投稿日時:2018/05/29(火) 14:35

本当は昨日載せたかったのですが、ドタバタとしてしまい載せずじまいとなってしまいましたが・・・昨日の5月28日は『業平忌』でした

業平とは・・言わずと知れた在原業平(ありわらのなりひら)のことです
在原業平は平安初期の貴族・歌人として六歌仙に名を連ね、桓武天皇に繋がる高貴な血筋であり、「伊勢物語」の主人公である昔男ではないかと言われています・・つまりかなりの色男

そんな色男の業平は時の権力者の愛人に手を出したことで帝の怒りを買い、辺境の地「あずま(今の東京)」に左遷されてしまいました

そんな不遇な境遇にいるときに眺めた風景を歌にしたのが下の一句
「名にしおわば いざ言問わん都鳥 わが思う人ありやなしやと」
これは、都から左遷の途中、今の隅田川近くの湿地帯に着いた業平が見つけた今まで見たことがない鳥の名前を船の渡し役に尋ねたところ、その名前が都鳥と言われていることを知り、都で別れた彼女のことを思いあぐねて詠んだ歌です
この中で使われている言問うという言葉からかの地にかかっている橋の名前を言問橋(隅田川を超す国道6号にある橋)と呼ぶようになり、その橋のたもとにある和菓子屋「向島 言問団子」はあまりにも有名になりました

今でも業平にゆかりのある地にその名前が残っているところがあり、有名なのは墨田区の業平橋ですが、その業平橋近くにあった東武鉄道の駅名が「業平橋駅」から「とうきょうスカイツリー駅」に変わってしまったのはあまりにも風情がなさ過ぎて、おそらくあの世で在原業平も嘆いているのではないでしょうか

深緑の季節、隅田川沿いを散歩しながら業平に想いを寄せ言問団子を食べてみたくなりました

2018.5.29
SRFC Taro.S
 

ヒデキ

投稿日時:2018/05/17(木) 16:48

このコラムのために先日チャプター11(日本で言う民事再生法みたいなもの)の対象となったレスポールギターで有名な『ギブソン社』の事でも書こうと準備をしていた矢先に西城秀樹さんが亡くなったというニュースが流れたので、西城秀樹さん(以後、ヒデキと言います)のことを書きたいと思います

今の現役学生にとっては、もしかしたら知らない人もいるかもしれないけど、僕が小中学生の頃の大スターであり、同級生の大半の女の子がヒデキか郷ひろみのファンであったと言っても良いだろう
当時交換日記をしていた子が私の好きな人はヒデキとか書いてきて、思いっきりショックを受け逆恨みしたこともあったけど・・・

歌謡曲時代のスーパースターであり、また、ヒデキが初めて行ったことは実はとても多く、例えば楽曲に合わせた振付で歌うことを始めたのはヒデキだし、ソロでスタジアムコンサートを初めて行ったのもヒデキである
また、発売当初全く売れなかったソニーのウォークマンをヒデキが雑誌インタビューの際に使用していたことにより爆発的に売れるきっかけを作ったこともある
オールスター運動会・水泳大会もヒデキのためにあったと言っても過言ではなかった
TBSの寺内貫太郎一家と言うドラマでは父親役の作曲家小林亜星に親子喧嘩の際にぶん投げられて腕を骨折したのも有名な話だ・・今だったら大変な騒ぎとなり、TBSの社長の首が吹っ飛んでしまうんではないだろうか

とにかく、僕たちがいわゆる子供の頃の大スターだった

そんなスーパースターも病に打ち勝つことができず63歳と言う若さでこの世を去ることになってしまった

おそらく、ヒデキの懐かしい映像を各TV局が特番を組むと思うので、今の学生達には往年の大スターの在りし日の姿を観てもらい、現在のアイドルと昭和を代表する真のアイドルの違いを理解してもらえたらと思っている

合掌

2018.5.17
SRFC Taro.S

 

雅号のこと

投稿日時:2018/05/10(木) 13:12

NHKの大河ドラマ「せごどん」を毎週楽しみにして観ている
西郷隆盛の終生を描いており、波瀾万丈ながらも産まれるべくして産まれ活躍するべくして活躍した運命の人物だったなぁと感じている
その雅号は『南洲』
奄美大島に流刑となり、南の島を南洲ということよりその雅号を用いるようになったと言われています

さて、この「雅号」を使う風習は中国から伝わったもので、本来は自らが勝手に名乗るものですが、習い事の師匠などから一字をもらうようなこともあるそうです
雅号は、明治時代に戸籍が整い本名以外の名前を持つことが禁止されたことに知識人が反発したことにより流行しましたが、しばらくするとおよそ知識人とは言えない輩(商人や軍人)までもが雅号を使うようになったので、逆に知識人の中では廃れていったようです

皆が良く知る人物の中でもこの雅号が一般的となり、本名が出てくると誰だかわからない人物もいます
たとえば、吉田寅次郎矩方や勝安房守義邦、夏目金之助や森林太郎などは、吉田松陰、勝海舟、夏目漱石、森鴎外のことであり、本名よりも雅号での方が有名になっています

僕も子供の頃、当時流行したポプラ社の「怪人20面相」シリーズ」の小説を友人たちと回し読みする会を作り、それぞれが自分の別名を持って感想文などを書いて発表するようなことをしていたことがあり、その時の僕の別名(雅号)は『江戸川小五郎』としていた
今思い出すとあまりにも安易な発想だが、江戸川乱歩と明智小五郎を掛け合わしたものであり赤面するばかりである

2018.5.11
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GW合宿終了して思うこと

投稿日時:2018/05/07(月) 17:05

昨日の神奈川大学戦
Bチームの選手たちが一生懸命戦い52vs0で勝利を収めた
初々しい1年生たちが沢山出場し、それぞれに必死に戦っていた姿はとても微笑ましく、また彼らのさらなる成長を期待する気持ちが高まった

今更の話だけど・・・成蹊の選手たちはみな体が小さい 特に1年生はなおさらだ
秋に戦う対抗戦の強豪校の選手たちと比べたら、表現は悪いが’貧弱さ’は否めない
そんな彼らが対抗戦でしっかりと戦っていくためにも身体作りはもちろんのことだが、小さいなりにその特徴を活かした戦い方も研究して欲しい

その昔、故大西鐡之祐氏が日本代表の監督を引き受けた際に体の小さい日本人が外国人と戦うために生み出した戦法『展開、接近、連続』 を駆使し、AllBlacksJuniorを破ったTestMatchはBigNewsとして世界中に知れ渡り、先のW杯で南アを撃破した以上の衝撃を全世界に与えたと思われる

特に、今年のチームはBKに昨年度のメンバーがほとんど残っているので、彼らの想像力豊かな展開力がもしも発揮されたとしたら秋の対抗戦でも面白い戦い方ができるのではないかと思っている

成蹊版の『展開、接近、連続』を生み出して、対抗戦Aグループで赤黒旋風を巻き起こすことを願っている

2018.5.7
SRFC Taro.S

ラグビー祭

投稿日時:2018/04/27(金) 16:20

今年もラグビー祭の時が訪れる

成蹊のラグビー祭は『桜祭』と称して、毎年4月29日(天皇誕生日、現昭和の日)に行われていた
行われていたとしたのは、今年は偶然に久しぶりに4月29日の開催となったが、何年か前より4月の最終日曜日を開催日としたからだ
ゆとり教育の関係で土曜日が休講日となってしまい、授業日数不足を補うためにGW期間中も変則的に授業が行われることとなった関係から必ずしも4月29日が休みと限らなくなってしまったからである

10年以上前に一度だけ学園から頼まれて学園の桜祭(4月の第1週)に合わせて開催したことがあった
現役側はチーム編成上の理由から、また、OB側は時期的にまだ肌寒いという理由で大変不評だったので翌年からまた元に戻したことがあった

なぜラグビー祭を時期が違うのに桜祭と称しているのかその理由を年輩のOBの方々に問うても明確な回答を得られないが、おそらく過去は学園の桜祭の時期に併せて開催しており、何かのきっかけで天皇誕生日へと移り、名称だけそのまま残っていったのではないかと推察している
まぁ誰でもそう考えるとは思うけど・・・

今年は久しぶりにOBから現役まで学習院(輔仁会)様を招いて各世代間の交流戦が行うことができる
大学の試合は4大学対抗戦であり公式戦である 
しっかりと戦って欲しい

それにしても各世代がしっかりと揃って対戦できる学習院さんには感謝しかない
 

主催者としての僕の願いは、まずは晴れること、そしてやはり怪我人が出ないことである

2018.4.27
SRFC Taro.S


 

財務省の事務次官の騒動について思うこと

投稿日時:2018/04/20(金) 14:50

まずはじめにしっかりと断っておきますが・・・・・『セクハラ」、『パワハラ』等強者の立場を利用して弱者を苛めるような言動は絶対にあってはならないと思っており、特に男性が女性に対し行う「セクハラ」などは男として最低の行為であると考えていることは断っておきます

それらを踏まえ・・・現在国会運営を揺るがしている財務省事務次官のセクハラ騒動(報道)について僕自身の見解を述べてみたい

と言うのも当初の報道ではどこの報道関係の女性記者の話だろうと思っていたところ、麻生財務大臣も「どこのだれかわからないところに言及しようもない」と発言をしたことによって、A社が自社社員に対するセクハラがあったと発表をしたことに対して、正直な気持ちとして「また、A社か・・・」と感じたのだ

なんでそのように思ったのかと言うと、大半の人が忘れていると思うけど、過去(1989年)に珊瑚礁ねつ造事件と言うのがあり、それがA社の報道社員によるものだったということがあったからだ
知らないだろうと思われる人のためにこの事件の概要を説明すると、当時のA新聞の連載企画に「地球の色は何色?」というものがあり、その中で沖縄県西表島の世界最大級の珊瑚礁としてギネス認定を受けている珊瑚礁を撮影に行ったところ、この世界最大級の珊瑚礁が「KY」というローマ字で傷つけられていたことを発見し、発見した記者が新聞の中で日本人の失われたモラル感を徹底的に糾弾したということがあった
しかしながら、地元石垣島のダイバーがその少し前にその珊瑚礁を鑑賞した際にはそんな傷は全くなかったことより、その記者自身が傷つけられたのではないかと問い合わせたことに対して、当初のA社側の対応は知らぬ存ぜぬ、そんなことはないということを繰り返していたのだが、ある日突然に自社の社員(KY氏)が珊瑚礁を傷つけ、記事そのものをねつ造したことを認める発表をしたということがあったのだ

「セクハラ」と「記事の捏造」は次元が違うのではないかと思われる方もいると思うが、僕が問いたいのはA社という企業の体質である
(女性記者が)隠していた録音機器、また、その報告を受けながら被害を受けた女性記者の気持ちを無視し、政権与党に打撃を与えるためだけにタイミングを計ったかのような記事の出し方等々
あの当時もメディアとしてそれまで主流であった新聞報道からTVニュース番組にその主流が移り変わろうとしていたタイミングでの新聞紙上による写真報道によってメディアとしての存在価値を印象付けようという’焦り’があったのだと思う

今回のことも基本的に「反日本国」、「反政権与党」を目指しているようにみえるA社の焦りが一種の偏向報道と思われるような事をしてしまったのだと感じている

以前にも述べたけど、世の中の識者と言われる人は、当然にメディア業界に従事している人も含めて、自身の見解や主張を通そうとするために事実をゆがめたり、曲解を押し付けがちになることが多いので、やはり「報道や出版の自由」という憲法に認めらいる自身の持つ絶対的な力を正当に利用するようにしてほしいと思っている

2018.4.20
SRFC Taro.S

 

俊寛僧都

投稿日時:2018/04/10(火) 11:10

俊寛僧都
ご存知の方もいると思いますが、平家物語の登場人物で平家打倒の密謀の首謀者の1人として、1177年に鬼界ヶ島に流された人物です

密議をしていた場所は京都の鹿ケ谷 京の夏の風物詩である五山送り火の『大』の字が炊かれる山麓の辺りにある俊寛の山荘で行われた密議は平清盛の知ることとなり、後白河法皇に近い人物であった俊寛は打ち首獄門を免れ流刑となってしまいました

流された所は鬼界ヶ島、現在の鹿児島県三島村の硫黄島と言われていますが(有名な東京都の硫黄島ではなく・・)、屋久島の北にある小さな島に流されました

流されたのは俊寛、藤原成経、平康頼の3名
翌年(1178年)島に船が着き、俊寛以外の2名は赦免され都に戻ることになりましたが、密議の張本人とされた俊寛は赦されずに島に残され、絶望の果ての1179年の今日(4月10日)に亡くなりました

この俊寛僧都のことを題材にした歌舞伎に「平家女護島」と言うのがあります 
これは、近松門左衛門の人形浄瑠璃を基に作られたもので、18代目中村勘三郎が流されたと言われる硫黄島で演じたことでも有名です

平家物語は諸行無常、因果応報を伝えています
俊寛僧都は流刑されてからは人が変わったように心を入れ替えて良人となったようですが、都で公家出身の僧侶として権勢をふるっていた時には、いわゆる「嫌な奴」として有名だったようで、その所業により赦免されなかったとも言われています

そんな俊寛僧都の命日に「因果応報」 自身の言動を省みることにしました

2018.4.10
SRFC Taro.S
 

新社会人へ

投稿日時:2018/04/02(月) 09:55

今日は多くの企業で入社式が行われている
先日卒業したラグビー部の学生たちも、これから始まる未知の世界に不安と期待で昂揚感に満たされていることだろう

僕にも当然のことながら新入社員(正確には、銀行員だったので新入行員ではあるが・・)の時があった 
入行式は大阪のフェスティバルホールで行われ、多くの役員の訓話が延々と続くことにまだ学生気分が抜けない自分としては早く終わらないかなぁと退屈に感じていた
しかしその中で一つだけ今でも鮮明に覚えていて、自分もそうなろうと決めた訓話があった
それは、当時の神田副頭取(後に日立造船 副社長)の「内接円と外接円」の話だったが・・・
内容としては、三角形の角を各人の特徴として捉え、その角を削りに削ってしまってその角が収まるような小さな円を描くようになるのではなく、角をどんどん大きくしていき、その大きな角がすっぽりと収まるような大きな円を描けるような人物になって欲しいと言うものであった
自分の中にピンと来るものがあって、それ以来自分の心の中で大切にしている話である

それから、新人時代は本当に良く怒られたし、本音と建前の差によく戸惑った
忘れられないエピソードがある
入行してしばらく経った朝礼で、支店長が「その日の仕事が終わったら、仮に上司が残っていても先に帰って良い」と言う話をされたので、「さすが海外帰りの支店長は言うことが違うな」と思い、これは良い支店長に出会ったなと素直に感じていた
朝礼の話もあったし、これから同期の飲み会もあるから20時過ぎに課の上司の許可をもらって帰ることにして、その支店長に「お先に失礼します」と挨拶に行くと、僕としては「おっご苦労さん」みたいな感じで送り出してくれると思ったら、「お前は支店長がまだ仕事してるのに先に帰るのか!」と突然怒り始め、先に帰って良いと認めた上司と共にその後も散々怒られて、かなり遅くまで残業となってしまい、結局同期会にも参加できなかったことがあった
これ以来、上司の言う言葉を真に受けないように警戒するようになってしまったし、僕が現在も人の話を素直に受け取れなくなってしまったのもこのせいだと思っている

ただ、将来自分がそのような立場になった時に、そうならないように反面教師的な役割を果たしてくれたことはとても良かった

新社会人には、同期や先輩後輩等沢山の人との出会いを大切にし、自分の目標となるような尊敬できる上司に少しでも早く出会うことを願っている

2018.4.2
SRFC Taro.S

 

年度末

投稿日時:2018/03/30(金) 14:45

我々が思い浮かべる年度末は明日(3/31)であり、これは日本独自のものとして一般的には会計年度や学校年度のことを指すが、他にも○○年度と言うのがあり、これらの年度末は必ずしも3月末ではない
たとえば、イモ年度(9月開始)、米穀年度(10月開始)、羊毛年度(7月開始)、醸造年度(7月開始)等々その取り扱われる製品や加工品によって年度は違うようだ

ちなみにアメリカの会計年度は10月、学校年度は9月であり、中国の会計年度は1月、学校年度は9月である

我が国の会計年度が3月末とされているのは、昭和22年施行の財政法に基づいているが、1886年(明治19年)からすでに会計年度の始まりは4月となっていた
明治の財政史によると1869年(明治2年)に会計年度の概念が出来上がり、当初は10月開始だったが、何度か開始月の変遷があり、1886年に現在も続く会計年度となったようである 
その理由は、1番税収の多い時期を検討した結果が4月始まりが一番有効であったからだと言われている

今、その存在が見直されている田中角栄氏が自民党の政調会長時代(1962年)に会計年度を暦年、つまり1月始まりとする議論を始めたが、当時の大蔵省(現 財務省)に完全に否定されて実現しなかったということもあったらしい

そんな会計年度のことに想いを馳せていたら、日本人は1年になんと2回も心機一転の気持ちで迎えることができる都合の良いチャンスを有している民族であることに気が付いた

当然、『1年の計は元旦にあり!』と意気込みながらも、卒業、進級や入学、入社など自身の立場が一転して新しいものとなる4月には元日に思い浮かべた決意とはまた別の決意に満ち溢れることであろう

自分を振り返っても元旦の想定とは若干違う状況になっていたりするので、この機会に修正をしなければならないと思っている

2018.3.30
SRFC Taro.S

桜餅

投稿日時:2018/03/26(月) 10:45

例年よりも10日ほど早く開花宣言が出された桜 今朝 千鳥ヶ淵の桜を観に行ったがすでに満開でした

桜と言えば『桜餅』を連想してしまうけど、この桜餅に「長命寺」と「道明寺」があるのをご存知でしょうか

もともと桜餅は、徳川吉宗公の公園政策によってもたらされたと言われています
当時から大都会であった江戸の大半の土地は武家の所有地であり、築地塀に囲われた殺伐とした風景であったそうだ
それを嫌った吉宗公が庶民の憩いの場を作ろうという御触れをだし、綱吉公時代の生類憐みの令によって大量につくられ、時に放置され荒れ地となっていた広大な犬小屋を取り壊して作られたのが公園の始まりと言われています
隅田川沿いの向島辺りに出向いた吉宗公が、そのあたり一帯があまりにも殺風景なので、川沿いに江戸城内や飛鳥山の桜を移植させ、川沿いが桜並木なったことによりその美しさに庶民が集まるようになったことは江戸各地に桜の名所が生まれるきっかけとなりました
ある時、向島の長命寺の門番が塩漬けされた桜の葉で包んだ餡を詰めた餅を吉宗公に食べてもらったことで、それが江戸の銘菓となり桜餅が一気に日本中に広まったと言われています

江戸で広まった桜餅、関西方面に伝わるうちに元来小麦粉で作っていた餅が大阪では道明寺粉でつくられるようになったことより、関東では桜餅のことを長命寺(ちょうめいじ」)、関西では道明寺(どうみょうじ)と呼ばれるようになった

日本人に愛されている桜の花 その散り際の潔さが日本人の美的感覚と合致しているのだと感じています

今年も道明寺を食べながらその散り際までしっかりと見つめていたいと思っています

2018.3.26
SRFC Taro.S

下手の横好き

投稿日時:2018/03/14(水) 14:10

ことわざに『下手の横好き』というのがある
「趣味などに対して下手ではあるがやたらにそのことを好む」という状態を指す言葉である

一般的に腕前を説明するときに使われるもので「私の将棋は下手の横好きで・・・」のように自虐的に用いる言葉であり、相手にこの言葉を使うのはとても失礼にあたるので注意した方が良いと言われている

でもなぜ「横」なのだろうか・・・気になったので調べてみた
すると、元来「横」という言葉の持つ意味に「見当はずれで無関係」とか「道理に合わない無理を押し通す」というのがあるらしく、どんな事であっても下手なものは一般的に嫌いになり、大勢の人が見ている中では遠慮するのが普通にもかかわらず、「下手がなんで悪い、好きなんだから交ぜてくれよ!」と強引に参加しようとする状況に対して、道理に合わないことを押し通そうとするので「下手の横好き」と言うようになったという説明が出ていたが、言語的並びに学術的根拠はない

僕の考えでは、趣味などをやるにしても、好きなことを1つに集中して深く掘り下げていくタイプと多くのことに対して浅く広くというタイプが居るので、後者の「掘り下げ方」を「横」という言葉で表現したのではないかと思っている

いずれにしても何を始めるにしても「好き」であることはとても大切なことなので、これから迎える新入部員も上手い下手に関係なくラグビー好きが沢山入部してくれることを期待している

2018.3.14
SRFC Taro.S

ラーメン博物館

投稿日時:2018/03/06(火) 10:25

1994年の本日3月6日にオープン
オープン当時 新横浜駅前ではあったが、現在のようにビルが林立するようなところではなくまだ空地も多く、こんなところにこんなものを建てて大丈夫なんだろうかと思っていた

銀行員時代に知り合いとなった知人がこの博物館をプロデュースした関係でオープン記念パーティーに招待され、当時出店していた全てのラーメンを食べつくしてお腹がはちきれそうになった思い出がある

この土地はとある有名な女優の実家の所有地
新横浜駅前の広大な土地に駐車場ビルを建設しようと考えてはいたが、単なる駐車場の建物だけを建てても面白くないという発想から取引先の提案を受け入れ実現させたものである

知人は有名な空間プロデューサーであり、かつてよりすでに日本の代表食なっているラーメンを『日本の文化』として捉え、そのためには博物館を建設してアピールすべきだと考えていたらしい
コンセプトは昭和30年代の日本のどこでも見られた風景 チャルメラの響き 紙芝居の行商、駄菓子屋、朝から夕方へのむかう日暮れ時のライトによる演出などもある

当初 知人は『そうは言っても3年間もてば大成功』と話していたが、現在でははとバスツアーに組み込まれるほど有名な観光地となってしまった

このラーメン博物館がなぜ24年間も続いているかと言うと進化し続けているからだろう
オープン時に僕がお腹いっぱいになった理由として、いろんなお店のラーメンを食べたいと訪れる来場者に応えるような工夫がなされておらず、普通盛りのものを何店も食べ歩かないといけなかったのが、来場者の要望を受け入れ、いわゆる「小盛」を出して、より多くのお店のラーメンを食べることができるように各店舗に工夫させたのも進化の1例だと思うし、オープン当時からもう何店になるだろうか・・全国各地の有名ラーメン店の出店を実現させ、活性化することも忘れていない
また、来場したことのある人はわかると思うが、1階はその名の通り博物館となっており、頻繁にではないが趣向を凝らした展示会なども行っている まさに『博物館』として立派に認知されているのだ

昨年の三沢競技場での青山学院大戦・・・台風直撃 びしょ濡れになったにもかかわらず、ここまで来たのだからとどうしても訪れたい おいしいラーメンを食べて冷えた身体を温めたいと思って盟友O君と向かったが、ものすごく混雑していたので入館をあきらめたことがいまでも残念に思っている

2018.3.6
SRFC Taro.S
 

春が来る

投稿日時:2018/02/28(水) 16:35

今年も早いもので年が明けてから2か月経った
徐々に暖かくなってきていることは実感できている
2月は大雪とかもあったけど、平昌オリンピックにおける日本選手の活躍による興奮と感動でその大半を占めたので心は随分と温まった気がする

明日からは3月 
啓蟄と言う言葉が表すように色々なものがもぞもぞと動き出す月である

春が待ち遠しいという人が多いが、実は僕は春と言う季節は好きではない
元々単純な性格なので、暑いとか寒いとかはっきりせずにポカポカ陽気という何を着たらよいのか迷ってしまうような日が続くのが好きではないのだ

春は桜がきれいに咲いてくれればそれだけで良い

2018.2.28
SRFC GM
Taro.S


 

スローガン

投稿日時:2018/02/19(月) 14:10

今年のスローガンは『GAIN』

この言葉を選んだ意味や主旨はわからないが、ラグビー用語としては「ラン、スクラム、キックなどでボールを前に運び陣地をとること」と協会の用語集に出ていた

英語の辞書を引くと「自らが望んでいるもの(事)を努力して得ること」となっている

僕としては、学生達がこの言葉を選択した真意は後者の意味を理解してのことだと思いたい

この2年間、対抗戦での勝利は0勝
喉の奥から手が出るほど勝利に飢えているチームにとってとても相応しいスローガンだと思う

毎年それなりに考えられたスローガンを掲げてきている
スローガンを掲げるのは簡単であり、学生の自由だが、毎年それを実践できていたかと言うと疑問が生じる

ここ数年で実践できたのは石田航己の代のスローガン『Challenge』くらいではないだろうか

まぁ まだ始まったばかりの新チームなので何も言うことはないけれど・・言葉負けしないように使う言葉の真意をよく理解してそれに恥じないようなチームつくりと結果を残してほしいと思っている

2018.2.19
SRFC Taro.S

Valentine's Day

投稿日時:2018/02/14(水) 09:00

今日2月14日はバレンタインデー
その歴史はローマ帝国時代に遡り、女神ユーローを祝うためのお祭りの日が2月14日だったと言われている

日本では1958年ごろより、あるチョコレート会社やある百貨店の思惑により、いつの間にか女性から男性にチョコレートを贈る日となったようだが、いずれにしてもキリスト教に関わる祭事が日本人は大好きなのでクリスマス(12/25)やハロウィーン(10/31)と共にとても大切な日として発展していった

無粋な話もある
労働法の観点からすると、バレンタインデーの儀式は『環境型セクシャルハラスメント』の温床であり、その危険性を指摘する声もあがっている
性別を理由に一定の義務を課し、本人の意思に反する行為を強要するということが十分にハラスメントの要素を満たすそうである
目線を変えると恐ろしい考え方になってしまうが、社会人を中心としたアンケートでは、このバレンタインデーの儀式は76%の人々が無くなった方が良いと感じているようだ

こんなことを書いていたら、僕が学生時代に同期のU君がバレンタインデーに合わせて、当時渋谷にあったアメカジショップ「バックドロップ」で特注のスタジアムジャンパーを誂えていた
その効果は認められなかったが、彼がそのシーズン そのジャンパーを大事に着ていたことを思い出してしまった
U君はまだあのジャンパー持っているのかなぁ

さて、今年も2月12日からシーズンインをしました
このコラム欄も後継者が見つからないので、また僕が書いていこうと思っています
昨年はちょっと色々と考えることもあっていったんお休みをしましたが、基本的に火曜日と木曜日に投稿していました
でもやってみて思ったのは結構ハードなので今年はそのような規定を作らずに思った時に週1~2回のペースで投稿していこうと思っていますので、お付き合いのほどよろしくお願いいたします

2018.2.14
SRFC Taro.S

おかげさまで

投稿日時:2017/12/19(火) 10:24

ホッとするというのはああいうことなのだろう、熊谷駅まで友人の車で送ってもらう車中では安堵のため息しか出てこなかった

毎年のようにこの時期に立教大との入替戦がある 
定期戦のようになってしまっている 
これほどまで天国と地獄の差が表れる定期戦は世界中のスポーツの中でもあまりないだろう
お互いの意地とプライドを賭けた80分間の闘いは観ている者の気持ちも当然熱くさせる

試合後に牛山主将が流していた涙は安堵感から湧き出てきた涙であり、人生で初めて流した嬉し涙ではないだろうか

彼は最低限の役割を果たせたと述べていたが、それは全然違っていて・・彼は最高の役割を果たしたのだ

お疲れ様と言う言葉しか思いつかない

おかげさまで今年も清々しい気分で新しい年を迎えることができます

本当にありがとう

ps
成蹊コラム 年内はこれで最終回といたします
途中1回お休みしてましたが、週2回のペースで何とか投稿できました
ご精読ありがとうございました 
皆様 健康に気を付けて良い年をお迎えください

2017.12.19
SRFC Taro.S

年賀状

投稿日時:2017/12/15(金) 09:00

やらなくてはならないと思っていても後回しになってしまうのが年賀状である
今年もその季節がやってきた

最近の若者は書状(葉書)で年賀状を出すこともなく代わりにSNSなどが主流となっているようだし、年配の方々も翌年以降年賀状を出さない宣言される方が増えてきているようで、そのピークは2003年の44億5936万枚であり、2015年度は30億2285万枚とな減少傾向にあるようだ

新年の挨拶は古く奈良時代からの風習らしく平安時代には貴族などの間で遠方の知人への挨拶代わりに文書による年始あいさつが行われていたという記録がある 
江戸時代には飛脚や使用人を使う文書による挨拶は一般化し、1887年に年賀状を出すことが国民の年末年始行事の1つとして定着した このことは日本の郵便制度が確立されたことを意味している

現在、日本郵便は年賀状を「年賀特別郵便」として特殊取扱の上12月16日から12月28日までに年賀記されて投函されたものは配達局で1月1日まで留め置くことをしているが、これはあくまでもサービスの一環である

風物詩としてアルバイトの高校生が自転車などに乗って一斉に年賀状を配達する光景が元旦のTVニュースで映し出されていたがそれも遠い昔となってしまった
僕がコーチをしていた時には、学生に対して監督コーチ陣にはちゃんと年賀状を出すように指示をして、それぞれの自宅住所を記したものを学生に配ったりしていたが、あの当時だから学生も渋々ながら引き受けてくれたものだが、今ではそのようなことを言うのが憚れるほど通信手段が変わってきてしまっている


新年を迎える準備の一つとして年賀状を書きながらその人に対して募る想いも湧いてくると思うので僕はいつまでも年賀状を出すことは大切にしていきたいと思っている

2017.12.15
SRFC Taro.S

行き過ぎてしまうと・・・

投稿日時:2017/12/12(火) 09:01

子供の頃に読んだ「ちびくろサンボ(The Story of Little Black Sambo)」が、黒人差別につながるということで1988年の今日12月12日に出版元である岩波書店が絶版にしたという記事が出ていた

ちびくろサンボの話の内容は、おしゃれをして出かけたサンボが密林で次々と出会った虎に洋服や傘などを奪われてしまい、ついにはあげる物がなくなってしまい命を奪われそうになり木の上に逃げたところ、それぞれを奪った虎が全部自分のものにしようとしてその木の周りをぐるぐる回っているうちに(虎が)バターになってしまったので、サンボはそのバターを家に持ち帰りホットケーキ(パンケーキ)を作り、家族みんなで沢山のホットケーキを食べました、という何でもない話である
実は続編もあって、その続編も猿に誘拐された双子の弟を救うためにサンボが大鷲と協力して猿から2人の弟を救い、サンボ家で食べようと思っていた羊肉を大鷲と分けて食べて、めでたしめでたし・・という内容だ

子供の時に読んだ記憶では、お腹いっぱいに沢山のホットケーキを食べることができたサンボが羨ましく思っただけで、自分もその日に母親にせがんでホットケーキを食べさせてもらったくらいである

この話のどこが黒人差別につながるのかいまでもさっぱりわからないが、1970年代から始まった公民権運動の余波だという説明があった
この余波のおかげで、カルピスのキャラクターデザインやタカラのだっこちゃんまでが黒人差別と言うことで世の中から消えてしまった

誤解しないでほしいのは、僕は人種差別の助長が良しと言っているのではない 曲解がいつの間にかに社会正義となっていくことの恐ろしさを述べているのだ

あの童話を読み、カルピスの広告を見て、タカラのだっこちゃんを腕に巻いていた子供たちの中でこの童話の内容について誰が黒人並びに人種差別と直感しただろう

おそらく皆無だろう

時に世の中で識者と言われる人たちは自論を展開し理解を得るためには極端に見解を曲げてしまうことが多々ある

その内容が正しいのかどうか、また、自身の見解と比べて許容できるのかどうかはすべて本人の資質の問題であるが、現代においてその判断基準となるのは新聞TVなどの報道やネット上の情報となっていることが大半だ

流される人が悪いと言ってしまえばそうなのだが、世の中の流れの中で「行き過ぎてしまっている」ことに対して、AI知能を利用してそれらが正しく判断できるような装置が発明されることを期待したい

2017.12.12
SRFC Taro.S

現役に拘る・・・

投稿日時:2017/12/08(金) 13:30

現役に拘っているベテランスポーツ選手ですぐ思い浮かべるのはサッカーのKingカズこと三浦知良氏(50歳)とスキージャンプのレジェンド葛西紀明氏(45歳)だ

この2人がなぜ現役に拘っている・・・’こだわる’という表現は失礼な表現かもしれないので、言い換えるとしたら’現役で居続けている’のかを考えてみると、思い残したこと、やり残したことがあるからだろう

三浦カズは、社会人リーグ(読売クラブ所属)時代の低迷期からJリーグ発足以来ずっと日本サッカー界を牽引し、人気実力共に第1人者であった
そんな彼が唯一出場していないのがサッカーW杯である
ドーハの悲劇の主人公であり、ジョホールバルの歓喜の輪の中にはいたが日本代表が初参加となったW杯フランス大会直前に代表から外された

レジェンド葛西も長野オリンピックのスキージャンプ団体において直前にそのメンバーから外された 個人ノーマルヒルの選手には選ばれていたにも関わらずである
選ばれた日の丸飛行隊のメンバーは原田・舟木・斉藤・岡部の4名、金メダルを獲得したメンバーの名前は20年近くたった今でもそれはすらすらと出てくる

カズはあの当時の日本中のサッカー選手の中で誰よりも一番W杯に出場したかったはずだったろうし、葛西選手も4人のメンバーのうちの1人として首から金メダルを下げたかったはずだ

2人はそれぞれの競技において沢山の偉業を達成しているし、すでに栄誉も称えられている
現役を辞めてもその色は褪せることがないにもかかわらずいまだにプレーヤーとして現役で居続けている

2人がその真意を話すことはないだろう
しかし、ここまでくるとどこまでも続けてもらい、カズにはW杯メンバーに実力で選ばれて欲しいと思うし、葛西選手には冬季オリンピックが次に日本で開催されるまで現役として金メダルを獲得して欲しいと思っている

2017.12.8
SRFC Taro.S





 

とある言葉

投稿日時:2017/12/05(火) 13:05

『好きこそ物の上手なれ』という故事がある
自分の好きなことをやっている人には勝てないという意味である

同じような表現は英語でも中国語(漢文)でもある
<英語>
who likes not his business,his business likes not him
仕事を好きではない人は仕事からも愛されない
<漢文>
子曰 知之者不如好之者、好之者不如楽之者
物事の存在やその姿を知っている人は知らない人よりも優れているが、そのことを心から愛し、楽しんでやっている人には適わない

今度の入替戦(12/16)のことを考えていると色々なことをしてしまう
自分なりに相手のビデオを観ながら戦力分析をしてなるべく多くの安心材料を得ようとしたり、全敗のチームと全勝のチームの勢いの差はどのくらいあるのだろうだったり・・・
昨シーズンの劇的な勝利、立教からすれば『最悪の結果』であり、その思いは絶対に忘れていないはず
その思いを打ち返せるだけの力を出せるのか・・等々気になることはいくらでも出てくる

そういうことを考えていたら、冒頭の言葉を思い出したのである

ラグビーをよく知っているということからするとおそらく立教の方がそのレベルは高いだろう
Bグループながらもスポーツ推薦制度で花園経験者が多数在籍している彼らと成蹊のそれでは圧倒的に経験値に差がある

だけど、ラグビーを愛していると行くことで考えたら成蹊の方がはるかに勝っているところが多いと感じている

16日はその大好きなラグビーで思う存分その気持ちを表現して欲しい

2017.12.5
SRFC Taro

大相撲の騒動に思うこと

投稿日時:2017/12/01(金) 15:20

日馬富士が引退をした 
個人的には当然という考えを有しているし、貴乃花親方を悪者扱いしようとしている大相撲協会とマスコミにも違和感を感じる

そもそも大相撲があたかも国技であるかのように報道されているが、以前にこのコラムの中で述べたように日本には国技と言う規定はないので、当然のことながら”相撲”は国技ではない ましてや大相撲はプロの興業なので国技にはなりえない 過去の事件等を考えると今回の事件により「公益財団法人」としての資格でさえ剥奪されるべきだと思っている

昔から運動部気質(体育会気質)と言うのがあって、僕らの時代はそれが当たり前のようなことが確かにあった
僕自身も大学1年生の春合宿中に先輩から理不尽なことで殴られ、悔しくてトイレに入って水を流しながら泣いたことを思い出す 
当時の運動部では1年生は奴隷で4年生は天皇と言ことが平気でまかり通っていた時代であり、なんでもかんでも集団で責任を取らされ、練習後にEndllesで走らされる”しぼり(悪阻祖練習 おそそれん)”があった
まぁ・・あのことが同級生としての連帯感が生まれるきっかけとなったことは否定しないし、いまでは良い思い出となり忘年会で必ず話題となったりはしているが・・・でも殴ってきた先輩のことはいまでも覚えているし好きではない・・・

そんな風潮も今から20年くらい前から運動部でも廃れてきていた
そんなことをしていたらまず部員は入ってこないし、それが強さと密接につながらないことが周知のこととなってきたからだろう
つまり根性論では通用しない時代に一般的な運動部の世界ではなってきているのだ

にもかかわらず大相撲の世界は旧態然としたままだった 
何年か前に弟子を”かわいがり”過ぎて死者まで出してしまったにもかかわらずである

今回、貴乃花親方の言動が大相撲の世界では受け入れられない「変わり者」として取扱われ、世論を巧みに味方に引き寄せようと(大相撲協会やマスコミは)しているが、親方通しの話し合いで片を付けようとしている姿勢は、まるで反社会的勢力の話のつけ方と同じであり、それこそ世間の常識とはかけ離れたところにあると思っている

大相撲を国技としてどうしても名乗りたいのであれば、コンプライアンスの観点とガバナンスを利かせるという意味からも協会内部の人員構成の大半を外部の有識者で締めるような形にしないとあの体質は永遠に変わらないような気がしてならない

そういうことを考えながら、改めて成蹊ラグビー部をみてみると4年生が率先して練習器具等の準備をしたり後片付けをしている姿は、時代の流れとは言え素晴らしい姿だと思ってる

2017.12.1
SRFC Taro.S

 

ゾーンに入る

投稿日時:2017/11/28(火) 14:25

ここ一番!と言う場面で自分の力を最大限に発揮しなくてはならないときやってきた

僕にとっては毎年のことだから”慣れ”ていると思いたいが・・・やはり心中穏やかではない

選手たちにとって『集中しなくては・・・』と思っても集中できないことが多々あると思うが、それは顕在意識と潜在意識に大きな自覚の違いがあるからなのだと思う

まるで自分ではないような力や能力を発揮している状態を心理学的には『ゾーン』というらしい
未体験ゾーンなどと言われているのがそれだ
意識的にゾーン状態に入るのは難しいと思うが、俗にいうイメージトレーニングを重ねることは意識的にゾーン状態に入ることになるようだ

イメージトレーニングの中でも重要なのは成功パターンをイメージすることだ
WTBならボールが回ってきてトライをするシーンを思い浮かべたり、ラインアウトのスローイングからしっかりとジャンパーがキャッチしてモールを組んで押し込んでトライを取るシーンや相手の選手が走ってくるところを強烈なタックルで向こう側に押し倒しているシーンを連想する
このことだけで意識的にゾーンに入ることができるらしい
もう一つ意識的にゾーン状態に入れることとして大切なのは目標を明確にすることだ
全体的には立教大に絶対に負けない!という明確な目標を持つことであり、個人は対面に絶対に勝つ、BKなら抜かれないとかFWだったらスクラムで押しまくるとか単純明快な目標を立てることが大切である

あとは意識的にゾーン状態になるルーティンワークもあった方が良い 
たとえば・・チーム全員で手をつないでグランドに入っていくようなことでスイッチが入ると思う

それから、緊張をプラスに変えることも大切だ
緊張感・・というとマイナスなイメージを持つが、これは失敗が緊張と密接な関係にあると思うことから生まれてくるイメージだと思う
過度な緊張ではなく適度な緊張は目的を達成するためには必要な要素であると思う

12月16日 選手たちは間違いなく緊張すると思う なぜならば絶対に負けられない戦いに臨まなくてはならないからなのだが、逆にこんなに緊張感あふれるゲームに出場できる喜びはほかにないと思うし、二度と経験できないことだと思う
そんな喜びを表現できたら最高だ

2017.11.28
SRFC Taro.S
 

SDGs

投稿日時:2017/11/24(金) 09:05

先日参加したセミナーで『SDGs』について勉強したので少し披露したい
SDGsとは
Sustainable(持続可能な)
Development(開発)
Goals(目標)
のことであり、193の国連加盟国が国連総会で決めた持続可能な世界を目指す17分野の国際的な目標のことである
Developmentは開発と言う解釈よりも”発展”という方がニュアンス的には合っているような気がするが・・・

17のGoal(目標)は以下の通り
目標1(貧困)、目標2(飢餓)、目標3(保健)、目標4(教育)、目標5(ジェンダー)、目標6(水・衛生)、目標7(エネルギー)、目標8(経済成長と雇用)、目標9(インフラ、産業化、イノベーション)、目標10(不平等)、目標11(持続可能な都市)、目標12(持続可能な生産と消費)、目標13(気候変動)、目標14(海洋資源)、目標15(陸上資源)、目標16(平和)、目標17(実施手段)
それぞれに詳細な目標設定がなされている
例えば、目標1(貧困)は「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる」となっており、その具体的な内容として米$1.25未満/日で生活する人口の割合を1990年の水準の半数に減少させるというようになっている

これらを2030年までに達成すべく国連加盟国の全ての国で包括的にお互い関連して手段を講じていくとしている

我が国も2016年5月に推進本部を設置、同年9月に推進円卓会議を開きビジョンを策定した
日本政府のビジョンは
『持続可能で強靭、そして誰一人取り残されない、経済、社会、環境の総合的向上が実現された未来への先駆者を目指す』

このビジョンのもと17Goalsを8つの優先課題に編成し、実施指針の概念としている
<People>
①あらゆる人々の活躍の推進
②健康・長寿の達成
<Prosperity>
③成長市場の創出、地域活性化、科学技術のイノベーション
④持続可能で強靭な国土と質の高いインフラの整備
<Planet>
⑤省・再生エネルギー、気候変動対策、循環型社会
⑥生物多様性、森林、海洋等の環境保全
<Peace>
⑦平和と安全・安心社会の実現
<Partnership>
⑧SDGs実施推進の体制の手段

2030年が最終Goalであるということは今の現役たちがその推進の中心的な役割を果たしていくと思われる

この機会にSDGsについて興味を持って研究し、自分たちでやれることがあれば実践していって欲しいと思っている

2017.11.24
SRFC Taro.S

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