コラム~成蹊ラグビー

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おかげさまで

投稿日時:2017/12/19(火) 10:24

ホッとするというのはああいうことなのだろう、熊谷駅まで友人の車で送ってもらう車中では安堵のため息しか出てこなかった

毎年のようにこの時期に立教大との入替戦がある 
定期戦のようになってしまっている 
これほどまで天国と地獄の差が表れる定期戦は世界中のスポーツの中でもあまりないだろう
お互いの意地とプライドを賭けた80分間の闘いは観ている者の気持ちも当然熱くさせる

試合後に牛山主将が流していた涙は安堵感から湧き出てきた涙であり、人生で初めて流した嬉し涙ではないだろうか

彼は最低限の役割を果たせたと述べていたが、それは全然違っていて・・彼は最高の役割を果たしたのだ

お疲れ様と言う言葉しか思いつかない

おかげさまで今年も清々しい気分で新しい年を迎えることができます

本当にありがとう

ps
成蹊コラム 年内はこれで最終回といたします
途中1回お休みしてましたが、週2回のペースで何とか投稿できました
ご精読ありがとうございました 
皆様 健康に気を付けて良い年をお迎えください

2017.12.19
SRFC Taro.S

年賀状

投稿日時:2017/12/15(金) 09:00

やらなくてはならないと思っていても後回しになってしまうのが年賀状である
今年もその季節がやってきた

最近の若者は書状(葉書)で年賀状を出すこともなく代わりにSNSなどが主流となっているようだし、年配の方々も翌年以降年賀状を出さない宣言される方が増えてきているようで、そのピークは2003年の44億5936万枚であり、2015年度は30億2285万枚とな減少傾向にあるようだ

新年の挨拶は古く奈良時代からの風習らしく平安時代には貴族などの間で遠方の知人への挨拶代わりに文書による年始あいさつが行われていたという記録がある 
江戸時代には飛脚や使用人を使う文書による挨拶は一般化し、1887年に年賀状を出すことが国民の年末年始行事の1つとして定着した このことは日本の郵便制度が確立されたことを意味している

現在、日本郵便は年賀状を「年賀特別郵便」として特殊取扱の上12月16日から12月28日までに年賀記されて投函されたものは配達局で1月1日まで留め置くことをしているが、これはあくまでもサービスの一環である

風物詩としてアルバイトの高校生が自転車などに乗って一斉に年賀状を配達する光景が元旦のTVニュースで映し出されていたがそれも遠い昔となってしまった
僕がコーチをしていた時には、学生に対して監督コーチ陣にはちゃんと年賀状を出すように指示をして、それぞれの自宅住所を記したものを学生に配ったりしていたが、あの当時だから学生も渋々ながら引き受けてくれたものだが、今ではそのようなことを言うのが憚れるほど通信手段が変わってきてしまっている


新年を迎える準備の一つとして年賀状を書きながらその人に対して募る想いも湧いてくると思うので僕はいつまでも年賀状を出すことは大切にしていきたいと思っている

2017.12.15
SRFC Taro.S

行き過ぎてしまうと・・・

投稿日時:2017/12/12(火) 09:01

子供の頃に読んだ「ちびくろサンボ(The Story of Little Black Sambo)」が、黒人差別につながるということで1988年の今日12月12日に出版元である岩波書店が絶版にしたという記事が出ていた

ちびくろサンボの話の内容は、おしゃれをして出かけたサンボが密林で次々と出会った虎に洋服や傘などを奪われてしまい、ついにはあげる物がなくなってしまい命を奪われそうになり木の上に逃げたところ、それぞれを奪った虎が全部自分のものにしようとしてその木の周りをぐるぐる回っているうちに(虎が)バターになってしまったので、サンボはそのバターを家に持ち帰りホットケーキ(パンケーキ)を作り、家族みんなで沢山のホットケーキを食べました、という何でもない話である
実は続編もあって、その続編も猿に誘拐された双子の弟を救うためにサンボが大鷲と協力して猿から2人の弟を救い、サンボ家で食べようと思っていた羊肉を大鷲と分けて食べて、めでたしめでたし・・という内容だ

子供の時に読んだ記憶では、お腹いっぱいに沢山のホットケーキを食べることができたサンボが羨ましく思っただけで、自分もその日に母親にせがんでホットケーキを食べさせてもらったくらいである

この話のどこが黒人差別につながるのかいまでもさっぱりわからないが、1970年代から始まった公民権運動の余波だという説明があった
この余波のおかげで、カルピスのキャラクターデザインやタカラのだっこちゃんまでが黒人差別と言うことで世の中から消えてしまった

誤解しないでほしいのは、僕は人種差別の助長が良しと言っているのではない 曲解がいつの間にかに社会正義となっていくことの恐ろしさを述べているのだ

あの童話を読み、カルピスの広告を見て、タカラのだっこちゃんを腕に巻いていた子供たちの中でこの童話の内容について誰が黒人並びに人種差別と直感しただろう

おそらく皆無だろう

時に世の中で識者と言われる人たちは自論を展開し理解を得るためには極端に見解を曲げてしまうことが多々ある

その内容が正しいのかどうか、また、自身の見解と比べて許容できるのかどうかはすべて本人の資質の問題であるが、現代においてその判断基準となるのは新聞TVなどの報道やネット上の情報となっていることが大半だ

流される人が悪いと言ってしまえばそうなのだが、世の中の流れの中で「行き過ぎてしまっている」ことに対して、AI知能を利用してそれらが正しく判断できるような装置が発明されることを期待したい

2017.12.12
SRFC Taro.S

現役に拘る・・・

投稿日時:2017/12/08(金) 13:30

現役に拘っているベテランスポーツ選手ですぐ思い浮かべるのはサッカーのKingカズこと三浦知良氏(50歳)とスキージャンプのレジェンド葛西紀明氏(45歳)だ

この2人がなぜ現役に拘っている・・・’こだわる’という表現は失礼な表現かもしれないので、言い換えるとしたら’現役で居続けている’のかを考えてみると、思い残したこと、やり残したことがあるからだろう

三浦カズは、社会人リーグ(読売クラブ所属)時代の低迷期からJリーグ発足以来ずっと日本サッカー界を牽引し、人気実力共に第1人者であった
そんな彼が唯一出場していないのがサッカーW杯である
ドーハの悲劇の主人公であり、ジョホールバルの歓喜の輪の中にはいたが日本代表が初参加となったW杯フランス大会直前に代表から外された

レジェンド葛西も長野オリンピックのスキージャンプ団体において直前にそのメンバーから外された 個人ノーマルヒルの選手には選ばれていたにも関わらずである
選ばれた日の丸飛行隊のメンバーは原田・舟木・斉藤・岡部の4名、金メダルを獲得したメンバーの名前は20年近くたった今でもそれはすらすらと出てくる

カズはあの当時の日本中のサッカー選手の中で誰よりも一番W杯に出場したかったはずだったろうし、葛西選手も4人のメンバーのうちの1人として首から金メダルを下げたかったはずだ

2人はそれぞれの競技において沢山の偉業を達成しているし、すでに栄誉も称えられている
現役を辞めてもその色は褪せることがないにもかかわらずいまだにプレーヤーとして現役で居続けている

2人がその真意を話すことはないだろう
しかし、ここまでくるとどこまでも続けてもらい、カズにはW杯メンバーに実力で選ばれて欲しいと思うし、葛西選手には冬季オリンピックが次に日本で開催されるまで現役として金メダルを獲得して欲しいと思っている

2017.12.8
SRFC Taro.S





 

とある言葉

投稿日時:2017/12/05(火) 13:05

『好きこそ物の上手なれ』という故事がある
自分の好きなことをやっている人には勝てないという意味である

同じような表現は英語でも中国語(漢文)でもある
<英語>
who likes not his business,his business likes not him
仕事を好きではない人は仕事からも愛されない
<漢文>
子曰 知之者不如好之者、好之者不如楽之者
物事の存在やその姿を知っている人は知らない人よりも優れているが、そのことを心から愛し、楽しんでやっている人には適わない

今度の入替戦(12/16)のことを考えていると色々なことをしてしまう
自分なりに相手のビデオを観ながら戦力分析をしてなるべく多くの安心材料を得ようとしたり、全敗のチームと全勝のチームの勢いの差はどのくらいあるのだろうだったり・・・
昨シーズンの劇的な勝利、立教からすれば『最悪の結果』であり、その思いは絶対に忘れていないはず
その思いを打ち返せるだけの力を出せるのか・・等々気になることはいくらでも出てくる

そういうことを考えていたら、冒頭の言葉を思い出したのである

ラグビーをよく知っているということからするとおそらく立教の方がそのレベルは高いだろう
Bグループながらもスポーツ推薦制度で花園経験者が多数在籍している彼らと成蹊のそれでは圧倒的に経験値に差がある

だけど、ラグビーを愛していると行くことで考えたら成蹊の方がはるかに勝っているところが多いと感じている

16日はその大好きなラグビーで思う存分その気持ちを表現して欲しい

2017.12.5
SRFC Taro

大相撲の騒動に思うこと

投稿日時:2017/12/01(金) 15:20

日馬富士が引退をした 
個人的には当然という考えを有しているし、貴乃花親方を悪者扱いしようとしている大相撲協会とマスコミにも違和感を感じる

そもそも大相撲があたかも国技であるかのように報道されているが、以前にこのコラムの中で述べたように日本には国技と言う規定はないので、当然のことながら”相撲”は国技ではない ましてや大相撲はプロの興業なので国技にはなりえない 過去の事件等を考えると今回の事件により「公益財団法人」としての資格でさえ剥奪されるべきだと思っている

昔から運動部気質(体育会気質)と言うのがあって、僕らの時代はそれが当たり前のようなことが確かにあった
僕自身も大学1年生の春合宿中に先輩から理不尽なことで殴られ、悔しくてトイレに入って水を流しながら泣いたことを思い出す 
当時の運動部では1年生は奴隷で4年生は天皇と言ことが平気でまかり通っていた時代であり、なんでもかんでも集団で責任を取らされ、練習後にEndllesで走らされる”しぼり(悪阻祖練習 おそそれん)”があった
まぁ・・あのことが同級生としての連帯感が生まれるきっかけとなったことは否定しないし、いまでは良い思い出となり忘年会で必ず話題となったりはしているが・・・でも殴ってきた先輩のことはいまでも覚えているし好きではない・・・

そんな風潮も今から20年くらい前から運動部でも廃れてきていた
そんなことをしていたらまず部員は入ってこないし、それが強さと密接につながらないことが周知のこととなってきたからだろう
つまり根性論では通用しない時代に一般的な運動部の世界ではなってきているのだ

にもかかわらず大相撲の世界は旧態然としたままだった 
何年か前に弟子を”かわいがり”過ぎて死者まで出してしまったにもかかわらずである

今回、貴乃花親方の言動が大相撲の世界では受け入れられない「変わり者」として取扱われ、世論を巧みに味方に引き寄せようと(大相撲協会やマスコミは)しているが、親方通しの話し合いで片を付けようとしている姿勢は、まるで反社会的勢力の話のつけ方と同じであり、それこそ世間の常識とはかけ離れたところにあると思っている

大相撲を国技としてどうしても名乗りたいのであれば、コンプライアンスの観点とガバナンスを利かせるという意味からも協会内部の人員構成の大半を外部の有識者で締めるような形にしないとあの体質は永遠に変わらないような気がしてならない

そういうことを考えながら、改めて成蹊ラグビー部をみてみると4年生が率先して練習器具等の準備をしたり後片付けをしている姿は、時代の流れとは言え素晴らしい姿だと思ってる

2017.12.1
SRFC Taro.S

 

ゾーンに入る

投稿日時:2017/11/28(火) 14:25

ここ一番!と言う場面で自分の力を最大限に発揮しなくてはならないときやってきた

僕にとっては毎年のことだから”慣れ”ていると思いたいが・・・やはり心中穏やかではない

選手たちにとって『集中しなくては・・・』と思っても集中できないことが多々あると思うが、それは顕在意識と潜在意識に大きな自覚の違いがあるからなのだと思う

まるで自分ではないような力や能力を発揮している状態を心理学的には『ゾーン』というらしい
未体験ゾーンなどと言われているのがそれだ
意識的にゾーン状態に入るのは難しいと思うが、俗にいうイメージトレーニングを重ねることは意識的にゾーン状態に入ることになるようだ

イメージトレーニングの中でも重要なのは成功パターンをイメージすることだ
WTBならボールが回ってきてトライをするシーンを思い浮かべたり、ラインアウトのスローイングからしっかりとジャンパーがキャッチしてモールを組んで押し込んでトライを取るシーンや相手の選手が走ってくるところを強烈なタックルで向こう側に押し倒しているシーンを連想する
このことだけで意識的にゾーンに入ることができるらしい
もう一つ意識的にゾーン状態に入れることとして大切なのは目標を明確にすることだ
全体的には立教大に絶対に負けない!という明確な目標を持つことであり、個人は対面に絶対に勝つ、BKなら抜かれないとかFWだったらスクラムで押しまくるとか単純明快な目標を立てることが大切である

あとは意識的にゾーン状態になるルーティンワークもあった方が良い 
たとえば・・チーム全員で手をつないでグランドに入っていくようなことでスイッチが入ると思う

それから、緊張をプラスに変えることも大切だ
緊張感・・というとマイナスなイメージを持つが、これは失敗が緊張と密接な関係にあると思うことから生まれてくるイメージだと思う
過度な緊張ではなく適度な緊張は目的を達成するためには必要な要素であると思う

12月16日 選手たちは間違いなく緊張すると思う なぜならば絶対に負けられない戦いに臨まなくてはならないからなのだが、逆にこんなに緊張感あふれるゲームに出場できる喜びはほかにないと思うし、二度と経験できないことだと思う
そんな喜びを表現できたら最高だ

2017.11.28
SRFC Taro.S
 

SDGs

投稿日時:2017/11/24(金) 09:05

先日参加したセミナーで『SDGs』について勉強したので少し披露したい
SDGsとは
Sustainable(持続可能な)
Development(開発)
Goals(目標)
のことであり、193の国連加盟国が国連総会で決めた持続可能な世界を目指す17分野の国際的な目標のことである
Developmentは開発と言う解釈よりも”発展”という方がニュアンス的には合っているような気がするが・・・

17のGoal(目標)は以下の通り
目標1(貧困)、目標2(飢餓)、目標3(保健)、目標4(教育)、目標5(ジェンダー)、目標6(水・衛生)、目標7(エネルギー)、目標8(経済成長と雇用)、目標9(インフラ、産業化、イノベーション)、目標10(不平等)、目標11(持続可能な都市)、目標12(持続可能な生産と消費)、目標13(気候変動)、目標14(海洋資源)、目標15(陸上資源)、目標16(平和)、目標17(実施手段)
それぞれに詳細な目標設定がなされている
例えば、目標1(貧困)は「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる」となっており、その具体的な内容として米$1.25未満/日で生活する人口の割合を1990年の水準の半数に減少させるというようになっている

これらを2030年までに達成すべく国連加盟国の全ての国で包括的にお互い関連して手段を講じていくとしている

我が国も2016年5月に推進本部を設置、同年9月に推進円卓会議を開きビジョンを策定した
日本政府のビジョンは
『持続可能で強靭、そして誰一人取り残されない、経済、社会、環境の総合的向上が実現された未来への先駆者を目指す』

このビジョンのもと17Goalsを8つの優先課題に編成し、実施指針の概念としている
<People>
①あらゆる人々の活躍の推進
②健康・長寿の達成
<Prosperity>
③成長市場の創出、地域活性化、科学技術のイノベーション
④持続可能で強靭な国土と質の高いインフラの整備
<Planet>
⑤省・再生エネルギー、気候変動対策、循環型社会
⑥生物多様性、森林、海洋等の環境保全
<Peace>
⑦平和と安全・安心社会の実現
<Partnership>
⑧SDGs実施推進の体制の手段

2030年が最終Goalであるということは今の現役たちがその推進の中心的な役割を果たしていくと思われる

この機会にSDGsについて興味を持って研究し、自分たちでやれることがあれば実践していって欲しいと思っている

2017.11.24
SRFC Taro.S

半チャンラーメン

投稿日時:2017/11/21(火) 11:14

半チャンラーメンが衰退しているという記事が東洋経済ONLINEに出ていた

半チャンラーメンと言うと思いだされるのは神保町の『さぶちゃん』だ

本好きの僕にとって神保町はありとあらゆるジャンルの本が揃っている素敵な街なのだが、神保町に行くたびにさぶちゃんに通っていた
シンプルな醤油ラーメンとちゃんと炒めてあるチャーハンが絶妙だったのだが、この11月に閉店となってしまった

さぶちゃんが閉店となった理由は親父さんが歳を取ってしまったからなのだろうが、一般的にはさぶちゃんのような『町中華屋(どこの町にでもある普通の中華料理屋さん)』は後継者不足に陥っているようだ
最近流行のラーメン屋のサイドメニューではしっかりと調理しなくてはならないチャーハンは少なくなり、どちらかと言うとチャーシュー丼のような手間がかからないものを”売り”に見せている店が多くなってきたが、後継者不足がその一因となっているのだろう
料理にひと手間加えることができるいわゆる職人さんが確保できないのだ

衰退しているもう一つの理由は、糖質制限ブームらしい 
ラーメンとチャーハンの組み合わせは最悪で炭水化物の摂取過剰が健康を害していると言われている
でも、過剰な摂取は別に炭水化物じゃなくても体には悪いはずであり、なんでもかんでも過剰反応しすぎるのだと思う 
長い間、『米』を主食としている我々日本人が健康を害するようになったのは古来の食習慣よりも欧米化されジャンクフードが増えてきたからであって 炭水化物が原因ではないはずなのだ
そこら辺をしっかりと行政の単位で牽制していかないと日本独自の食文化が廃れていってしまうと危惧している

僕が学生の頃、学校のそばにも福寿軒という店があった 客が目の前に座っているにも関わらずしょっちゅう親子喧嘩している店だったがここもなくなってしまった

練習後に値段を気にせず後輩とかを連れて行けるような町中華の存在がなくなってしまうのはとても残念である

町中華が日本の食文化かどうかは別にして誰からも愛されてきた存在であることは間違いないので、今残っているそういうお店は何とか頑張ってもらって町の原風景としていつまでも残っていって欲しいと願っている

2017.11.21
SRFC Taro.S
 

やるときゃやる

投稿日時:2017/11/14(火) 13:20

一昨日の敗戦により入替戦が避けられなくなった
あとは、ブービーなのかメーカーなのかだが・・うち以外の当該校はいずれも2試合残しているので明確な得失点差は出ないが、うちが日体大戦に勝利を収めない限りいくら計算してもしょうがないことではある
まずは、日体大にしっかりと勝ってほしい

もしかしたら以前にもこのコラムの中で述べたかもしれないが、主観を述べれば、成蹊はAグループに所属していようとBグループだろうと入替戦は避けられないチームだと思っている

大切なのは残留してAグループに居続けることである

文武両道などと格好の良いことを言うつもりはないが、合宿所もなく、スポーツ推薦なんて夢のまた夢・・・部員集めに苦労をし、当然だけど授業優先で練習開始は18時を過ぎてからで21時には部室を出なければならない練習環境の中で本当に学生たちはよくやっていると思う

それでも自分たちがやってきたことを証明するには勝つしかないのである

勝たない限り全てが言い訳になってしまう

成蹊ラグビーの良いところは挙げればきりがないが、やはり究極的には「やるときゃやる!!」という火事場の馬鹿力があるところだろう 昨年度の入替戦も80分間負け続けていて、ラストチャンスに勝利をもぎ取った

この風土は脈々と続く成蹊の伝統だと断定できる 
なぜならば、今から30年前に卒業した我々の同期の間では最終学年の時に回していた日記(部誌)があり、その中で帝京戦を前にした土田士朗さん(L.O)の部誌にはその一面を使って 「やるときゃやる!!板井が成蹊に来てよかったと言わせます!」とだけ書いてあった 
その言葉の通り、我々はラストワンプレーで帝京大に勝利を収めた

当時からこの言葉は成蹊の中で生き続けているのだと思う

成蹊は最後には絶対に勝つのだ やるときゃやるのだ!!

自分たちを信じて闘って欲しい

注記
1.土田さんは僕たちの代で卒業しましたが本当は1つ上の先輩なのでさん付けしております
2.板井は僕たちの代の主将で、大分上野丘高校出身なのでこの表現になっています

2017.11.14
SRFC Taro.S  
 

11月10日 Wikipedia

投稿日時:2017/11/10(金) 09:05

ぼくのこのコラムにおける題材探しは、日経新聞を読みながら思いつくことやWikipediaの投稿日(○月××日)の出来事から思いつくことを書き連ねているのだが、そんな調子でいつものようにwikipediaで11月10日を眺めていたら、この日は結構色々なことが起こった日であることが判った

忌日としては森繁久彌さん(2009年)、森光子さん(2012年)、高倉健さん(2014年)がこの日に亡くなられていることが判った
いずれも「超」がつく日本を代表する芸能人が同じ日に亡くなられていることに偶然ではない何かを感じたが、やはり人はどうやら同じことを思うようで・・・「11月10日の呪い」と芸能界では言われているそうだ

歴史的な出来事もこの日にあった
『ベルリンの壁崩壊』も1989年のこの日
多くのベルリン市民が壁によじ登りハンマーで壁を叩き壊している様子がTV中継で映し出された光景は今でも忘れることができない
俗に言われていた「東側諸国」の中でも旧ソ連に次ぐ強国東ドイツの崩壊は1991年のソ連崩壊に繋がっていった象徴的な出来事だった

また、こんなことも11月10日だったのかと思い出されることがあった・・・いつものようにラジオの深夜放送を聴きながら本を読んでいたら突然に悲しいクラシック音楽(後で調べたら、チャイコフスキーの「悲愴」と言う曲だった)が流れてきた 
今まで快調にしゃべっていたDJも何も言わずに流したままだったが、しばらくすると、DJではない別の人の声で「いまソ連邦国営モスクワ放送から突然この音楽が流れてきました ソ連で何かが起きたのかもしれません 何が起こったのかは不明です」というアナウンスがあり、そのあとすぐにDJが普段通りに進行をしていったことがあった
何が起こったのかとTVをつけてみたが、テロップで同じことを流しているだけで何もわからなかったが、翌日の新聞の1面にソ連邦の書記長であるブレジネフ氏(1982年)が亡くなったと大きく報じられていた

あの当時のソ連邦書記長と言うと、米国を中心とした西側諸国との「冷たい戦争」を強力に推し進め、どこでもだれでも暗殺してしまう『悪の親玉』的な存在で怖いものは何もなく、今にも世界を2分して核戦争を始めそうな雰囲気を持っていた
そんな人が亡くなったというニュースは世界の一大事な出来事であったが、それを押し隠しながらも何かしらの表現方法として悲しいクラシック音楽を流すようなソ連邦と言う国家体質に衝撃を受けたことを覚えている

当時はTVもアナログ放送(別にアナログと認識していたこともなかった)だけ、当然にインターネットなんかは想像以前の世界であり、現代のように瞬時に世界中に情報が駆け巡ると言う時代ではなかった
それだけに誰もが今以上に色々なことに対して情報感度を広くし、それを追い求め、かつ得た情報に対して鋭く自己分析していたように思う

便利になることはもしかしたら人間自身の退化に繋がっていってしまうのではないかと11月10日のwikipediaから感じてしまった

2017.11.10
SRFC Taro.S

熱海

投稿日時:2017/11/07(火) 12:05

最近仕事で熱海を訪れることが多い

東京からのアクセスは新幹線「こだま」で45分、車だと混み具合にもよるが大体2時間弱で着くことができるので昭和の時代は新婚旅行のメッカであり、また今はほぼ絶滅した「社内旅行」の定番の地であったが、1990年代以降旅行形態が団体から個人へと移行し、バブル崩壊後の対応も後手に回り、宿泊施設の減少と共に観光客数も減少傾向である

日本大百科全書によると・・・平安、鎌倉の頃には阿多美郷と言われ、温泉地としてのその由来は古く仁賢天皇(在位西暦488-498年)の頃より海中から熱湯が湧き出ているところとしての「熱海」という地名の起源とされており、1597年には徳川家康が入湯して以来、将軍家の温泉場として繁栄をしていた
温泉の源泉数は300を超え、毎分1万リットルを超える温泉が湧水し泉質も単純温泉、塩化物泉や硫酸泉水など多種多様だそうだ

尾崎紅葉の小説「金色夜叉」の寛一・お宮の舞台のお宮の松、熱海梅園、MOA美術館(国宝多数)、双柿舎(坪内逍遥ゆかり)など豊富な観光資源を有するので富士伊豆箱根国立公園の中心地的な役割を果たしている

車で行くことが多いが、道路状況を見て真鶴経由の海沿いを道を通ったり、箱根ターンパイクなど芦ノ湖と富士山を眺望できる道を選んだりと存分にドライブを楽しめることがその理由だ

ドライブ途中には石橋山古戦場や源範頼終焉の地など源氏ゆかり場所も多く、歴史探訪もできてミカン狩りなども楽しむことができる熱海界隈の素晴らしさを皆にもっと理解をしてもらい、かつてのように多くの観光客で賑わうような場所として復活して欲しいと思っている

2017.11.7
SRFC Taro.S

 

文化の日

投稿日時:2017/11/03(金) 09:05

今日は文化の日

1948年7月20日施行の祝日法、正式には「国民の祝日に関する法律」では、その第2条(内容) 国民の祝日を次のように定めるとあり、文化の日を「自由と平和を愛し、文化を進める」としている

11月3日は1946年に日本国憲法が公布された日でもあり、もともとは明治節 つまり明治天皇の誕生日として1947年まで休日となっていた

憲法記念日として5月3日が祝日となっているではないかと思われる方もいると思うが、5月3日は1946年11月3日に公布された日本国憲法が施行された日である

公布と施行の違いを説明すると
公布は、成立した法律を周知させることを目的として国民が知ることができる状態にすること
施行は、法律の効力が現実的に発動し、作用すること
この周知させるための期間は法律の内容によって半年であったり、1年だったり、中には2年後と言うのもあるが、祝日法に限って言うと公布と施行は同じ日だったようだ

文化と言う言葉を広辞苑で調べると
①文徳で民を強化すること
②世の中が開けて生活が便利になること
③人間が自然に手を加えて形成してきた物心両面の成果
文明とほぼ同義に用いられることが多いが、西洋では人間の精神的生活にかかわるものを文化と呼び、技術的発展のニュアンスが強いと文明と区別する
と書いてある

さて・・・自分の中で「文化」という言葉は文化的という用語の中で使うことはあるもののその内容を深く考えたことはなかったし、ラグビー部、つまり体育会系出身の自分にとっては文化を「文科系」という言葉の中でひとくくりにしてしまい、自分とは真反対にあることを取り組んでいる存在として認識していたし、学生時代に文化祭という行事に参加したことがなかったが、その真意とはかけ離れた理解であることに気づいた

この機会に自分にとって『文化』とは何かということを、広辞苑の説明に沿って考えてみたいと思った文化の日となりました

2017.11.3
SRFC Taro.S

木枯らし・・・

投稿日時:2017/10/31(火) 13:57

木枯らしというと僕より上の世代は「木枯らし紋次郎」となり、懐かしい思いに耽る先輩方は多いと思う

ちなみに木枯らし紋次郎とは、笹沢佐保の原作をもとに1972年の元日から放送された江戸時代(天保年間)を舞台にした股旅渡世人を主人公とした時代劇であり、上州新田郡三日月村(現在の群馬県太田市)生まれ、ぼろぼろの三度笠(妻折笠)に薄汚い道中合羽を纏い、口端に長い楊枝を加え、揉め事で助けを求めらえると『あっしには関わりのないことでござんす』という決まり台詞と共に中村敦夫を一躍トップスターに押し上げ、上条恒彦が唄う主題歌「だれかが風の中で」のフレーズを思い起こすことができる昭和を代表する大ヒットした昔懐かしいTVドラマである 

が、ここで述べたい木枯らしは、昨日吹いた『木枯らし1号』のことである

木枯らし1号とは西高東低、つまり冬型の気圧配置となり、その年に初めて吹く北寄りのやや強い風の事であり東京地方と近畿地方のみで発表されるものである 1号があるなら2号もありそうだが2号以降の発表はしないそうだ

東京の木枯らし1号の基準は
<期間>10月半ば~11月末
<気圧配置>西高東低の冬型の気圧配置
<風向>西北西~北
<風速>最大風速8m/s
となっており、今までで一番早いのは10月13日、逆に一番遅いのは11月28日だそうで、今年は例年より10日ほど早いとのこと

木枯らしのイメージは深まる秋を感じながら道端の落ち葉を吹き散らかす情景に冬の訪れを予感させるものだが、そうなると今年は秋がなかったなぁとしみじみと思ってしまう
8月の長雨から続き、週末ごとに訪れた台風のイメージが強いせいだろうが今年の対抗戦は10/1の慶応戦を除けば全部雨中での戦いだったこともその思いを強くさせているのかもしれない

ラグビーはどんな天気でも戦わざるを得ないスポーツであるという自覚はあるものの、やはり秋晴れの気持ちの良い天気の下で学生達には戦って欲しいと思っている

残りの3試合 好天の下、目標を達成すべくUNITEし日ごろの練習の成果を発揮して欲しい

2017.10.31
SRFC Taro.S

広辞苑

投稿日時:2017/10/27(金) 09:00

先日『広辞苑』が改訂されるというニュースがあった
来年2018年1月12日に第七版として発行されるとのことで、今回は第六版(2008年発行)より約1万語を追加し25万語を収録しているそうだ

広辞苑は1935年博文館から出版された「辞苑」の改訂作業を引き継ぎ、岩波書店を発行元として書名を今の名前に改めて1955年に初版されたもので、中型国語辞典としては三省堂の「大辞林」と並んで有名である
第六版のものは37万部も売れ、初版からの累計では1,180万部も売れていることからロングセラー商品であると言える

時事用語を多く扱う「現代用語の基礎知識」や「イミダス」のように新語を毎年追加していく性質の書籍ではないので、改訂時に採用される新語については若者言葉が一般的に日本語として定着していることを目安としているとのことで、今回追加された言葉をいくつか挙げると、「上から目線」、「のりのり」、「アプリ」、「ツイート」、「ブラック企業」、「限界集落」、「ips細胞」、「ゲリラ豪雨」、「高倉健(故人)」、「ジョブス(故人)」などが追加されているらしい

辞典の編纂作業は、三浦しをんさんの「舟を編む」という小説があるので興味がある人は読んでほしいが、数多な言葉を一つ一つ洗い出し、意味や使われ方を見直し、載せる言葉がどうかを決めていくという膨大な作業となるので、今回の広辞苑を見ても分かるように改訂には7~10年もの期間を要する

電子辞書の中に複数の辞書の一つとして収録されており、携帯電子機器として所有している人もいると思うが、この膨大な作業の大変さを考えると是非とも書店で買ってあげて欲しいと思ってしまう

※三浦しをん 「舟を編む」について
<あらすじ>
ある出版社に勤める営業部に所属している主人公は変人として部内では持て余され気味だったが、新しい辞書の編纂メンバーとして辞書編集部に異動となり、個性的な人々との出会いの中で主人公は辞書の世界に没頭するようになる
言葉と言う絆を得て主人公たちの人生が優しく編み上げられていく中で元来人付き合いが苦手の主人公の恋の行方や問題山積の辞書編集部で果たして新しい辞書は完成するのか
<お勧めの理由>
2012年本屋大賞に輝き、2013年松田龍平、オダギリジョー、宮崎あおいが主演となって映画化もされていますがぜひ原作を読んでほしいです
読書などに縁のない人でも、言葉への敬意や不完全な人間たちへの愛おしさを謳いあげている小説なので「本好き」のきっかけとなってくれれば良いと思っています

2017.10.27
SRFC Taro.S
 

これからです

投稿日時:2017/10/24(火) 09:00

先日の青山学院大戦 それにしても残念だった

大げさな表現かもしれないけど、千載一遇のチャンスを逃したような気がする

前半終了間際のトライが最後まで響いた感じとなってしまった

とは言え・・・春の練習試合では21vs59、昨年の対抗戦では3vs21 どちらかと言うと歯が立たないイメージの結果しか残せていない相手に対して、対抗戦の本番で最後の最後まで諦めずに果敢に攻め続け勝っても不思議ではないゲーム展開をしてくれた学生の闘志には敬意を表したい

おそらく今のこの時でも選手一人ひとりに「あのときのサインは違ったかも・・・」、とか「あのときああ動いていれば・・・・」のような悔いが残っているだろう
僕の経験から言うと、その思いは一生忘れ去ることができず、事あるごとにいつまでも後悔の念は付き纏うが、それも長い年月を経て自分自身や同期の中で共有できる思い出として残るはずなので大切に心の中にしまっておいてほしいと思う

大切なのはできる限り同じ失敗を繰り返さないこと 
この4試合でかなり良い経験を積めたはずなので、対抗戦の残り3試合、早稲田、筑波、日体という伝統校との戦いをしっかりと青学戦での反省を活かし、自分たちがやってきたことが試合で表現できるようにやっていって欲しい

牛山主将が先頭で身体を張り続け、4年生もフィフティーン中半分近く出場しながらもBKを中心に若手の選手が活躍している今の成蹊は、春先と比べたら格段に進化をしている

選手たちには自信をもって戦ってほしいと心底思っている

2017.10.24
SRFC Taro.S



 

企業の不正について思うこと

投稿日時:2017/10/20(金) 11:00

大企業の不正発覚が相次いでいる

神戸製鋼所、日産自動車など企業ぐるみによる不正行為は、続伸基調の日経株価の牽引者である海外投資家の動向を鈍らせる懸念があり、順調に回復を続けている日本経済の成長に陰りを生んでしまうのではないかと心配になる

その原因について、個人的には平成15年より全上場企業に義務付けられた四半期決算開示に対する一部の投資家の過剰反応にあると思っている

一般的、かつグローバルな観点のおける資本市場の世界では当たり前なのだろうが、日本的な風土の中で醸成された日本の資本市場においては会社は株主のものではなく、そこで働く社員とその家族、そして取引先のためにあるという観念が依然として一般的であると感じている

今話題になっている内部留保金についても、そもそも内部留保を大量に株主に還元するという考えはなく、いざという時の備えで蓄えているものであるのであり、ましてやその留保金に課税されるなんて論外であると思ってい経営者は多い
※この留保金課税についてはこのコラムの観点とは違うので詳述はしないが、留保金は法人税を払った後のものなのでそこに課税するというのは2重課税になってしまうという問題が生じる

四半期決算の内容で企業の経営状態を株主(=投資家)から色々と意見を言われても、研究開発を重ねて新しい技術力を養いつつ業績を伸ばしていかないといけない成長スピードと資本市場の中で投資を中心にその効率ばかりを求めてくる投資家とのスピード感は必ずしも一致しないのである

日本企業が上場をする理由は、上場企業ともなると信用力が強化され、金融取引が有利になったり、良い人材の確保ができるという考えも根強くあり、資本市場の本来的な役割とは少しかけ離れてたところにある気がする

いずれにせよ、だからと言って企業が不正を起こして良いはずはないので大いに反省をして、少しでも早く信頼を取り戻す努力をして欲しいが、一方で海外進出等を考えていないドメスティックな上場企業は『Going Private』すべきであると個人的には思っている

2017.10.20
SRFC Taro.S

いよいよ

投稿日時:2017/10/17(火) 09:05

15日日曜日の明治戦で対抗戦全7試合中3試合が終わった

昨年よりDFについてはかなり進化していると感じている、とはいっても3試合合計で失点が218点、1試合平均70点以上取られているので何を寝言を言っているのだという意見もあるとは思う
帝京戦は0-70(昨年は0-91)、慶応戦が7-61(同7-85)、明治戦0-87(同0-70)であり、失トライ数では32T(昨年が38T)となっているのが数字的な根拠であるが、実態はもう少し良いと感じている

この感覚は昨年も観戦して比較しないと理解はできないとは思う・・・・

もったいないトライの取られ方も多くあるが、以前も述べたように「勝負の世界は結果がすべて」であり、取られたトライについては言い訳はできないのだから自分たちがやってきたことを証明したいのであればもっともっとしつこく諦めずにタックルしまくるしかない

来週はいよいよ青学戦

得点能力はうちよりも高いと思われるので先方はFW戦を避け積極的な展開勝負に持ち込んでくると想定しているが、それは成蹊がFW戦で圧倒できるという仮定の話である 青学も意地があるのでFW戦だって簡単に諦めないはずであり、安易にFW戦で有利に立てるという見方は危険である
成蹊は常にすべての局面においてチャレンジャーであるという気持ちを80分間持続させなくてはならない

第2戦秩父宮での慶応戦 グランドレベルで観ていたらK.O後しばらくの時間帯まで緊張している多くの選手の様子が伺えた
秩父宮で戦うのが初めての選手もいただろうし、天然芝生のグランドの初戦と言うこともあっただろう、しかしながらそれ以上に慶応に対して良いゲームがしたいという気持ちがいつも以上に緊張させていたのだと思う

成蹊が早い時間帯にトライを献上してしまう原因を追究していく中で、試合開始早々の緊張感を如何に解きほぐし選手個人の本来のペースに持ち込むことができるのか
重要な1戦を迎えるに当たり、3試合で出現した課題を修正させる作業(練習)も必要だと思うが、ここのところも皆で徹底的に話し合ってみて欲しい
お互いの気持ちをさらけ出すことで解決することも沢山あると思っている

2017.10.17
SRFC Taro.S

日記

投稿日時:2017/10/13(金) 13:50

子供のころ日記を書くように父親から言われていた 
当時は書いたものを添削されあまりにもひどい内容だと書き直しを命じられ、嫌で嫌でしょうがなかったので親が何かと干渉をしなくなった高校生くらいの頃から書くことを避けていたが結婚をきっかけに再開した
3年連記のものにしているがすでに8冊目に突入している

いつも手元(社内の机中)においてありごくたまに読み直すが、当時のことを思い出すのにとても役立っている・・・とは言え、中にはどうしようもない内容のことも多々あるので読みながら赤面することもある

今日は『13日の金曜日』なのでコラムはこれに因んだものにしようと思ったのだが、いずれにしても「忌み数」の話となってしまうので週末に対抗戦を迎えるチームには相応しくないと思いやめたのだが、そうなると今回のコラムの話題がなくなってしまったので・・・2015年10月13日(火)の日記に書いてあったことを披露したい

この日は茨城方面への出張だったようで、発車ぎりぎりに特急電車「ひたち」に飛び乗ることとなり、席を選ぶ余裕もなく満席の通路側に座ったことについて自身の感想を述べているものだが・・・「窓際に座っている人の荷物をどかしてもらい、残念かつ迷惑そうな雰囲気を醸し出している人に恐縮に思いながら座っている自分に対し、なんで2人シートに後から座る状況に対して後ろめたさを感じてしまうのだろう」というようなことが書いてあった

このように思っている方も多いのではないだろうか 

もっともこんな小さなことは気にせずに泰然自若に行動したいと思っているが、究極に小心者の自分には無理なことだと思っている

2017.10.13
SRFC Taro.S
 

まぐろの日

投稿日時:2017/10/10(火) 10:22

wikipediaによると今日は「まぐろの日」らしく由来を探るとなんと1,200年以上の前に遡るようだ

万葉集の中に
やすみしい 我が大君の 神ながら 高知らせる
印南野の 邑美の原の荒たへの 藤井の浦に
しび釣ると 海人船騒ぎ 塩焼くと 人ぞ多はにある
浦を吉み うべも釣りはす 浜を吉み うべも塩焼く

「八方(全国)を治めている大君(天皇)が御殿を構えている印南(兵庫県明石市近辺)の藤井の浦(沖)では、しび(鮪)を釣る舟が沢山出ており、また、釣った鮪を塩焼きにする漁師も沢山いる このような賑やかな様を何度も何度も眺めに行きたくなるのもよく理解できるほどにこの藤井の浦は素晴らしいところである」という歌を726年の10月10日に聖武天皇のお供をしていた山部赤人が詠んだ事に因んで、1986年に「日本かつお・まぐろ漁業協同組合連合会」が10月10日を「マグロの日」に制定した

当時は冷凍冷蔵手段などは当然のことながらないので、地元漁師だけがその味を堪能することができたが、江戸時代中期に調味料として醤油が出回るといわゆる「づけ」が流行し、庶民の間でも生のまぐろを食べる習慣となったと言われている

脂ののったトロの部分が珍重され、とくに青森県大間沖で釣れた本マグロの大トロは庶民には手の届かないものになってしまっているようで、また、世界中での乱獲により天然資源としての鮪は激減しており、中には絶滅危惧種に指定されてしまった種(太平洋クロマグロ)もある

現在では養殖の技術が発達し、近畿大学水産研究所が2002年に完全養殖に成功したことで資源の減少に歯止めがかかると言われている

もともと「まぐろの日」を制定したのは鮪を庶民に身近な魚としてもっと食べて欲しいという思いから記念日を制定したのだが、こんなにも世界中で食されるようになるとは当時は思ってもみなかっただろうし、その結果乱獲競争が激化し、養殖された鮪じゃないと庶民の口に入らなくなるとは思ってもみなかったと思う

その場所に行かないと食べられない食文化が近代化と共に失われていく現状を聖武天皇や山部赤人はどのように思われているのか聞いてみたい気がした「まぐろの日」となりました

2017.10.10
SRFC Taro.S

偉大な先輩

投稿日時:2017/10/06(金) 11:12

今日の日本経済新聞の「交遊抄」は建築家の坂 茂(ばん しげる)氏だった
※交遊抄とは日本経済新聞朝刊の最終頁(文化面)に毎日掲載されているコラムであり、毎回各界の著名人が自分の交友関係の中から特に思い入れの深い友人、先生や恩人に対しての思い出や感謝の気持ちを伝えるものである 「私の履歴書」の下にあり、毎回合わせて読んでいる社会人は多い

成蹊大学の情報図書館の建築設計家ということで思い出す学生やOBもいるのではないかと思うが、建築界のノーベル賞である「プリツカー賞」を2014年に受賞している世界的な建築家の一人である

坂氏は災害支援活動家としても有名であり、世界中の被災地を訪れては仮設住宅の建設に携わっている 東日本大震災の時には避難所となった体育館に避難している被災者のプライベート空間がない状況を改善するために紙パイプと布による「間仕切り」を提案し、行政と交渉しその設置を実現させたこともある
被災地における仮設住宅や仮設教会などを建設するボランティア団体VAN(Voluntary Architects Network)を立ち上げ、2013年には特定非営利法人に認定されるような慈善活動を行っている

なぜこのコラムに取り上げたのかと言うと、坂氏は実は我々の先輩であるからなのだけど・・・成蹊小学校時代よりラグビーを始め、高校時代には花園大会に出たこともあるバリバリの成蹊ラガーマンであり、高校卒業と同時に米国留学をされたけどラガークラブの名簿にはしっかりとその名前は掲載されている方だからなのです

坂先輩のように各方面で活躍されているラグビー部の先輩は沢山いるということを学生には理解をしてもらいたく、また、そういう先輩方に負けないように今を精一杯全力を出し尽くすような学生達になって欲しいと思っている

2017.10.6
SRFC Taro.S
 

結果がすべて

投稿日時:2017/10/03(火) 12:48

対抗戦第2戦 慶応義塾大との試合が秩父宮ラグビー場で行われた

前半開始10分までに3トライを取られ苦しい展開だった 徐々にペースをつかみ何度かボールを継続できる時間帯もあったが安易なミスから逆に相手に攻め込まれ、フラストレーションが溜まる前半であった

前半終了し0vs40・・・・昨年と同じような展開に学園OBの方々に応援観戦依頼の葉書を出したのを後悔し始めていた

後半開始早々にもトライを取られて0-47 後悔が増すばかり・・・
後半2度目の慶応の猛攻をゴール前しつこいDFで凌いだくらいから潮目が変わり始めた 
点差が開いたために慶応のプレーも雑になってはいたが、成蹊の粘り強いDFが一進一退の攻防に持ち込んだのだと思う

そんな中待望のトライが自信を持ってやってきたFWプレーにより取れたのは大きかった
浮足立つ慶応、波に乗る成蹊 後半40分までは前半の結果を忘れてしまうほど押せ押せの成蹊フィフティーンは輝いていた
しかしながら一瞬の判断ミスから約100mのターンオーバーを許してしまい、その後のリスタートでもノーホイッスルトライを献上しノーサイドとなった

7vs61

この結果をどう感じるのか 
『いやいや後半最後の最後までよく頑張っていたよ』と言ってくれるのは競技場に足を運んで下さって熱心に応援をしてくださった方々だけであり、ラグビー関連のネットニュースや翌日の新聞などで確認した大半の人は慶応の完勝、成蹊は2試合目も大敗を喫したとしか見てくれないはずである
学生にはこの感覚を大切にしてほしいのだ 『成蹊は2戦連続して同じような形で大敗した』と言う事実を・・・!!

世の中は結果がすべてであり、どんなにその途中経過が順調であったとしても結果が出なければ誰も認めてくれないのだ
『練習一生懸命頑張っていたよね』、『途中までは互角に戦っていたよね』なんていう甘い言葉ににわかに満足していてはならない

次戦は明治 FWBK一体となって攻めてくる破壊力は大学でもトップクラスのチームに対して、序盤戦2試合で出現した課題をどのように修正して臨むことができるのか青学戦を前に重要な一戦になると思う

結果がすべて!これを常に意識してこれからの対抗戦を戦い抜いてほしい

2017.10.3
SRFC
Taro.S



 

先人の言葉

投稿日時:2017/09/29(金) 09:01

先日、大前研一氏が主宰するビジネス・ブレークスルー大学院のセミナーに出席してきた
『最先端のテクノロジーがもたらす各産業の未来地図』という内容のものであったので(自分の復習もかねて)少し説明したい

20世紀後半はアジアの時代と言われるが、それはアジア=日本であった アジア唯一の先進国として世界経済を牽引していた
ここに面白いランキングがある
1位NTT(183.60)、2位住友銀行(76.19)、3位日本興業銀行(73.98)、4位第一勧業銀行(69.51)、5位富士銀行(68.41)、6位IBM(65.23)、7位三菱銀行(62.33)、8位エクソン(60.50)、9位東京電力(59.93)、10位三和銀行(54,.23) 
(  )内の数字の単位は10億米ドル
これは、1989年3月末時点での時価総額ランキング世界Top10である IBMとエクソン(ともに米国企業)を除くとすべて日本企業である
約30年後の2016年3月末にはこれがどのようになっているかというと
1位アップル(513.45)、2位グーグル(482.11)、3位マイクロソフト(392.00)、4位エクソン(367.10)、5位バークシャーハサウェイ(359.27)、6位フェイスブック(336.31)、7位アマゾン(311.21)、8位ジョンソン&ジョンソン(309.27)、9位GE(286.92)、10位ウエルスファーゴ(253.73) 
これらはすべて米国企業であり、その大半が1980年前後に創業された新興IT関連企業である
ものの見事に21世紀を過ぎると日本企業はTop10はおろかトヨタ自動車がようやく29位となっているくらい全体的な落ち込みが激しく経済成長は鈍化ではなく減退傾向にあることが鮮明にわかる

マクロ経済において環境分析を行う手法の一つに『PEST』というのがある
P:Politics(政治情勢)、E:Economy(経済環境)、S:Society(社会情勢)、T:Technology(技術革新)から判断することであるが、果たして1989年の時点で30年後にこのような情勢になっていることを誰が予測できただろう
つい最近の出来事を見ても、政治情勢についてはトランプ大統領が出現するなんて投票が終わるまで誰もそう思わなかったし、英国がEU離脱することも想像していなかった、経済についても明日の株価や為替相場は誰にもわからないし、社会情勢でもここまで少子高齢化が急速に進展するとは誰も思わなかった 技術革新だって車の主流が電気自動車にとって代わりそうだなんて理解不能に近い
つまり、未来を予測して何かに対応することはかなり困難なことなのであるが、間違いなく言えることは過去の成功体験や経験則に基づいて将来に備えようとしていては「負け組」に分類されてしまうということだ

石器時代が終了したのは石がなくなったからではなく鉄器が出現したからだし、馬車が車に変わったのも「車が欲しい」と思ったからではなく「もっと丈夫で早い馬車が欲しい」と思ったからである 
今まで主力であった技術も産業も「破壊的技術」の登場により企業等の交代が行われるのである

と言うようなセミナーだった もっともっとそれぞれに詳しい分析と事例が出ていたのではあるが・・・・これらを全部説明しているとものすごく長いコラムになってしまうのでかなり割愛したが・・

で、何を伝えたいのかというと
これからの世界では、「今までの成功体験は通用しないので、変化を直視し、今までの成功パターンを捨てて、新たなチャレンジを始めること」が大切であるということ

これって先日の「失敗の本質」で引用したチャールズ.ダーウィンの『強い者が生き残るのではなく変化に最も柔軟に対応したものが生き残る』ということと同じだということに気づいた次第なのです

先人の言葉って重たいなぁと思ったセミナーでした

2017.9.29
SRFC Taro.S

夜遊び経済

投稿日時:2017/09/26(火) 09:01

夜遊びと言うと・・・子供には悪い友達に悪の道へ引きずり込まれる危険一杯な感じがしてなんとなく積極的にはできないし、社会人には基本終電までという大きな壁が立ちはだかる

そんな中、夜遊び(20時~26時台)を活性化させようという動きが民間企業が中心となって出てきているらしく、政府も具体的な検討を始めることになったという記事が9月25日付日本経済新聞に出ていた

事の発端は訪れた外国人観光客の多くが「日本は夜8時以降にすることが極端に少ない」という声が多く挙がっていること起因する
昼間観光に忙しく立ち回って夕食を済ませた後に、「さて何をしようか」という時の選択肢が非常に少ないらしい

現在の夜遊びの主流は、クラブやカラオケが中心であり訪日客の消費はほとんどないのが実態で、この時間帯に遊べる場所を増やして経済を活性化させるのが狙いだ

欧米では、既存の劇場などを夜間稼働させるための規制緩和策を導入し、新たな新規設備投資などをしなくても良い形で新市場が生まれたという実績もあり、各国はその市場規模の拡大に真剣さを増してきている ニューヨークでは地下鉄が24時間運転を実施し、多くの観光客が安心して遊べるように治安対策にも力を入れているらしい

さて、日本でたとえば交通インフラを24時間稼働させようとすると安全面や労務問題を中心に様々な障壁が立ち塞がり、実現させるのに長い年月がかかりそうだが、多くの観光客が間違いなく訪れる2020年東京オリンピックまでには何とか課題をクリアし、試算では4,000億円と言われる夜遊び市場をクリエイトさせてほしい

2017.9.26
SRFC Taro.S


 

ラグビーW杯日本大会のことを考える

投稿日時:2017/09/22(金) 09:05

日本経済新聞(9/20付)で2ページにわたって『2019年ラグビーW杯日本大会』のことが特集されていた
記事はその大半を前向きなイメージで代表の現状、協賛企業の動向、開催地の準備状況等々となっていたが、冒頭に少し気になることが書かれていたのでそれについて自身の見解を述べたいと思う

今ではラグビーW杯はサッカーW杯、夏季オリンピックと共に世界三大スポーツイベントと言われているが、日本国内における認知度が低いことにワールドラグビー(国際統括団体)が懸念を示しているらしい
今年7月の市場調査会社(インテージ社)による全国32万人を対象に行った調査では、W杯日本大会の認知度は51%でありその翌年に行われる東京オリンピックのそれと比較して大きく劣ることが判明、また実際に直接競技場に足を運んで試合を観戦したいという人が8%に留まっているからだ
また、競技場とホテルとの距離や移動手段、ホテル設備の水準の低さも懸念材料として指摘されているとのことであった

これに関して思うのは、まず日本人は「熱しやすく冷めやすい国民気質」・・すでに2年前の日本代表vs南アフリカ戦なんかはラグビー好き以外では既に忘れさられているし、「五郎丸」も過去の人となっていることを考えると、大会が直前になれば自然と盛り上がってくるはずであり観客動員数について今の段階で心配することではないと思っている 
※しかしながらチケット代が想像以上に高額な場合、地方開催地かつ日本代表が出場しない試合の観客動員が少なくなってしまう可能性はあると思う
次にインフラ整備についてだが、全12会場(札幌、釜石、熊谷、東京、横浜、袋井、豊田、東大阪、神戸、福岡、大分、熊本)の全て会場において同等のインフラを求めること自体に無理があると思う
たとえば、釜石会場を例にとって考えればよくわかると思う 
もともとは新日本製鐵釜石工場の企業城下町であったが、ラグビーの新日鉄釜石時代の終焉と共にピーク時9万人を超えていた人口も現在では4万人弱と過疎化が進む一方である
東日本大震災の復興のシンボル的な存在としてラグビーで再び町を盛り上げようとする気持ちは理解できるが、釜石へ行くのにどのくらい掛かるかというと東京から新幹線利用で5時間、高速バスで9時間、自家用車でも7時間もかかる
そのような場所に運営側が求める収容人数を満たすような立派な競技場を作り、宿泊施設を完備したところでW杯が終わった後にいったいどれだけの観光客やスポーツ観戦者が訪れてくれるのか、それは地元の人が良く理解しているはずでそのしわ寄せは地元行政と地元企業に及んでくることが自明なのでお金を掛けたくないという気持ちはよく理解できるのだ

近年スポーツイベントの商業化が問題視されており、オリンピックの招致でさえ手を挙げる国と地域が減少傾向にある中でラグビーW杯も同じ道をたどってしまうのではないかと危惧している
もともとラグビーはプロ化されるのに時間がかかっており、それだけ依然としてアマチュアリズムが強く残っているスポーツであり、お金をかけることに対して良しとしない風土があると思う
せっかく釜石や熊本など震災被災地を開催都市に選んだのであれば、もう少し地元事情を優先して実行していく道を模索して良いのではないかと思っている

2007.9.22
SRFC
Taro.S
 

いよいよ開幕

投稿日時:2017/09/19(火) 11:28

事前に天気予報会社に勤めている友人から教えてもらっていた情報通り、台風の中の試合とはいえ想定内の風雨の中でのキックオフ
帝京のメンバーもほぼ想定通り 
果敢に自陣から回してくる相手に対して少しタックルが高かった前半開始早々に立て続けにトライを献上・・FWがスクラムで健闘しているだけにもったいない展開となった 前半の途中から成蹊の低くしつこいタックルに対して帝京もオープンへの展開を止めてキックを中心とした組み立てに戦法を変更してきたのは成蹊のDF勝ちといえると思う 

後半に入ると若干雨足が強まったがそんなのを感じさせないほど両チームの激しい攻防が続いていく 特に成蹊の3列のタックルは明らかに先方のリズムを狂わせていた 後半30分まで1トライに抑え込んでいた成蹊の粘り強いタックルは見事であった 
後半40分帝京ゴール前で得意のモールプレーに持ち込んだが取りきれずに逆に約100mのターンオーバーをくらい万事休す、その後にとどめを刺されてノーサイド

成蹊0vs帝京70

点差は完敗であったが、贔屓目とはいえ王者’帝京’に対して善戦だったと思う 
親心ならぬOB心で言えば7vs56で終われた試合であったと思うが、これが現実であることをしっかりと認識をして次戦に臨んでほしい

ダーウィンの進化論の言葉には『強い者が生き残るのではなく変化に対応できる者が生き残るのだ』と言う言葉があり、これを曲解すれば・・・これから対戦チームをしっかりと分析して対応することができれば良い結果を得ることができると言うことだと思う

2017.9.18
SRFC 
Taro.S

月見

投稿日時:2017/09/15(金) 09:01

9月15日 自分の中では勝手にお月見をする日としている

実際には旧暦の8月15日から16日の夜に出る月を『十五夜』といい、この月を『仲秋の名月』と呼んでいる 
旧暦では秋は7,8,9月であり、それぞれを初秋、仲秋、晩秋と区分したために十五夜をそのように呼ぶようになった

これとは別に『中秋』と言う表現もあるが、こちらの方がより限定的で旧暦の8月15日のことだけを指している

この月見の慣習は縄文時代から行われていたそうだが、平安時代になると貴族たちの間でその規模が徐々に大きく派手になっていったようである 
大きな池に舟を浮かべ詩歌や管弦楽を楽しみながら酒を酌み、水面に映っている月を楽しむというような風流なものであり庶民とは縁遠いものになっていった 
室町時代の頃から簡素化されていき、江戸時代前期に庶民にも広まり、芋煮を食べ団子を備えるようになったそうだ

ウサギが見て跳ねる十五夜お月様
むかしむかし、キツネと猿とうさぎが一緒に暮らしているところにお腹を空かして苦しんでいるお爺さんがやってきて、何か食べ物を恵んでくれと言ってきたので、キツネと猿は早速獲物を捕まえて戻ってきたのですが、うさぎは何も捕ってくることができず、また再び捕りに出掛けたもののやはり獲物を捕まえることができませんでした そこでうさぎはそのお爺さんのために自らの命をささげる為にそばの焚火に飛び込んで行ってしまいました
実はこのお爺さんは帝釈天という神様で、うさぎの清らかな魂をだれもが見ることができるようにと月の中にその姿を写したのだという仏教の説話のもととなるような謂れがあります

そんな十五夜お月様 今年は10月4日だそうです

天気が良ければお餅をついているうさぎの姿を見ることができるでしょう

2017.9.15
SRFC Taro.S
 

失敗の本質

投稿日時:2017/09/12(火) 09:10

1984年中央公論社から出版された本で、太平洋戦争等における旧日本軍の敗因を組織論から論説している
累計80万部ものベストセラーとなり、30年以上経過した今でも話題となるのは失敗の教訓を企業経営や組織運営に活かしたいと思う経営者/指導者が多いからであろう

この著書によると旧日本軍の最大の失敗の本質は『特定の戦略原型に徹底的に適応しすぎて学習棄却ができず自己革新能力を失ってしまったこと』にあると説いていて、具体的には次の3点に要約される
①コミュニケーション不足による方針・戦略の不徹底
②強烈な戦略原型(ものの見方)と既成概念への固執
③自己革新が起こりようもないダイナミックさに欠け閉塞感の塊の組織体質

また、この『失敗の本質』は学術的で難解とされているために組織論コンサルタントである鈴木博毅氏がその入門編として「超 入門 失敗の本質」を著し、その中で失敗の本質には7つの視点があると解説しているので披露すると
①戦略性の相違
最終目標を明確にしていた勝者と目の前の戦いに終始した敗者との相違点
②思考法
練磨と改善には強いが大きな変化や革新が苦手で柔軟な対応ができないこと
③イノベーション
②と似ているが、既存ルールの習熟に長けており、大きな変化を伴うイノベーションが苦手なこと
④型の伝承
創造ではなく方法に依存する体質、成功体験を重要視してしまい、変化に対して新しい創造ができない
⑤組織運営
現場活用が下手で、権威とその力で現場の柔軟性を押さえつける体質
⑥リーダーシップ
環境変化を乗り越えて勝つことができるリーダーは新しく有効な戦略を見つけることに長け、負けるリーダーは有効性を失った戦略に固執して敗北を重ねる
⑦日本的メンタリティ
リスクを隠し、かつ過小評価することで被害を増大させ、時間の経過とともに修正不可能に陥ってしまう体質

上記の3つの要点と7つの視点 これらはラグビー部の学生たちが戦うための戦略を立て、またクラブ運営をしていく上でとても良い教訓になると思うのでこれを機会にこの本をぜひ読んでほしい

この著書は6人の共同執筆であり、その中の1人で経営学の権威である野中郁二郎氏は、『競争の本質は失敗から学び続ける者が勝つ』と説いている

今週末から厳しい戦いが始まる『牛山組』には、ぜひともその厳しい戦いの中からも最終的な目標を勝ち得るために学び続けて欲しいと切に思っている

2017.9.12
SRFC Taro.S

今日は国際識字デー

投稿日時:2017/09/08(金) 09:05

『国際識字デー(Internatinal Literacy Day)』 1965年11月17日にUNESCOにより公式に宣言され、毎年9月8日をその日としている

『UNESCO』の正式名称は(英記)United Nations Educatinal、Scientific and Cultural Organaization 国際連合教育科学文化機関と日本語では表現され、その言葉の通り教育、科学、文化の発展と推進を目的とした専門機関である 本部はパリ

設立理念は、「教育や文化の振興を通じて、戦争の悲劇を繰り返さない」であり、その重点項目に「万人のための基礎教育」、「文化の多様性の保護及び文明間の対話の促進」を定めている

この重点項目の実現に向けて「識字率の向上」を重要課題として位置付けており、様々な識字率向上計画を推進している

識字は、我々は国語の授業の中で「読み書き」として習っている 
読むとは文字に書かれた言語の一字一字を正しく発音して理解(読解)できることであり、書くとは文字を言語に合わせて正しく筆記することである
文字を読み書きできないことを「非識字」、または「文盲」と言い、このことは本人もしくは国や地域の発展の不利益につながると考えられている
最近、「文盲」については視覚障害者への差別発言として採られてしまうことがあるので公式の場では使われなくなっているようだ・・・その昔は「識字率が低い」と言うよりも「文盲率が高い」と言う方が一般的だったような気がする

識字率は、15歳以上の人口を対象に母語における日常生活の読み書きができることを定義としているので、母語と公用語が異なる場合(国内の公用語が2言語以上ある場合)や移民が多い国ほど識字率が低くなる傾向がある
たとえば、アメリカ合衆国は識字率は99.7%であるが、英語だけに限ると50%未満となってしまうこともあり識字率を国際的に比較することはなかなか困難なようである

我が国の識字率は99.8%であり、これはエストニアと並び加盟国中トップであるが、これは江戸時代の「寺子屋」から始まっている教育のたまものであると言われている

最近はPCやスマホの普及で自動変換される文字をそのまま使っていることが多くなり、正しい文字で文章を作成しているかどうかも確認せずにそのまま利用していることが多いので、文字を書くということに関してはその識字率は下がっているのではないかと思う

UNESCOの理念に基づき世界平和を望むのであれば、我々は正しい「日本語」を学びなおし、使えるようにしていかなくてはならないだろう

 2017.9.8
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歌舞伎

投稿日時:2017/09/05(火) 09:00

僕が歌舞伎に興味を抱くようになったのは高校1年生の時なので今から38年も前のことである 先日の夏休みの四国旅行の際には、念願の金刀比羅(琴平)の旧金毘羅大芝居「金丸座」にも行くことができた

きっかけは父親が行けなくなって代役で鑑賞することとなった『勧進帳』だったのだが、古文の先生から注釈本を借りて観たのが良かったと思う 独特な言い回しなので何を言っているのかわからないだろうと思って借りていったのが正解だった 
おそらくその本がなければ何を言ってるのかわからず仕舞いで興味を持たずに終わってしまったに違いない

場所は半蔵門の国立劇場、また配役も素晴らしかった…武蔵坊弁慶には市川染五郎(現9代目松本幸四郎)、義経は中村勘九郎(故人)、富樫左衛門に片岡孝夫(現15代目片岡仁左衛門)という千両役者のそろい踏みであった 今ではもう決して観ることができないことが残念でならない

勧進帳は平家物語の中でもあまりにも有名な場面ではあるが、知らないと思われる学生のために説明をすると・・・
源頼朝の不興を買ってしまった義経一行が山伏に変装し、北陸経由で東北に逃れようとしていた際に、加賀の国の安宅関所(現在の小松空港近く)を通り抜けようとしたところから舞台は始まる 安宅関所の関守である富樫左衛門は義経一行が山伏姿に変装している情報をつかんでいたものの弁慶の胸中を察し、弁慶の嘘を見破りながら騙されたふりをするも同じ関所の役人が義経に疑いをかけたので、弁慶が持っていた金剛杖で義経を何度も何度も叩いたことで役人の疑いを晴らすこともでき無事に関所を通過したところで、弁慶が泣きながらに義経に詫びを入れ、また弁慶の気持ちを知っている義経も咎めることなく感謝の意持ちを示し主従の気持ちが通い合っている姿に感動を覚える、というものである

勧進帳には日本人が美徳としてもっている敗者や弱者に味方をしてしまう判官贔屓や親子の縁よりも主従の縁を大切にする封建制社会における日本人の道徳観が表されており、そこの微妙な感覚の描写が素晴らしいので長い間愛されているのだと思っている

このように歌舞伎、とくに歌舞伎狂言には時代物を取り入れたものが多く、これは日本人ならだれもが知っている伝説や物語を多く取り入れており親しみやすくなっているので学生にも一度は観て欲しいと思っている

この歌舞伎の世界が起源とされている現代でも良く使われている言葉を少し披露すると・・・
①十八番(おはこ)
これは市川家の得意演目を選び出したところ18本になり、その演目台本を立派な桐箱に収めたことが由来となって十八番(おはこ)と言われるようになったものである ちなみに十八番の中でも有名なのはこの勧進帳の他に「助六」、「暫」・・いずれも時代物
②二枚目、三枚目
美男で人気が高い若衆を二枚目、面白おかしい道外役者を三枚目と呼んでいたものが語源として今でも同じ意味で使われている
※当然、一枚目という言葉もあり、それは看板役者のことを指していたが現在ではほとんど使われていない
③差し金
黒子が蝶や鳥などの生き物の道具をつけ生きているようにひらひらと動かすために使っている長い棒のことを意味していますが、それを現在では「裏で糸を引く」、とか「入れ知恵をして操る」という意味合いで使われるようになっています

このように歌舞伎の世界が由来となっている言葉はまだまだ沢山あり、知らずに使っている言葉もあると思うので興味がある人は調べてみると面白いと思う


さて、いよいよ来週から対抗戦が開幕する
大詰めを迎えるのはまだ先ではあるが、大向こうをうならすような試合を経験し、千両役者が生まれ出てくることを願ってやまない

2017.9.5
SRFC
Taro.S

今日から9月

投稿日時:2017/09/01(金) 09:00

『今日から○月』という表現で・・今日から9月という表現ほどよく使われ、かつ、しっくりと来る月はないと思う
いやいや12月じゃないの?という意見もあると思うけど、12月の場合は大抵「今日から師走」という表現の方が多いので、何月としては9月の方が圧倒的だと思っている

9月は暑い夏が終わり過ごしやすくなる季節への変わり目であり、またお米の収穫期を迎えることもあり、我々日本人の行動パターンの切り替え時となるので、より印象付けられているのではないかと思っている

9月は「長月」とも言われていて、これは夜長月が変じたものだと言われている 
古来、旧暦における月の呼び方はそれぞれに意味があって趣がある
たとえば、2月は如月(きさらぎ)と言うが、これは厳寒により衣を更に重ねて着る つまり衣更着(きぬさらぎ)が由来と言われているし、5月は皐月(さつき)と言われ、これは田植えをする月 つまり早苗月(さなえつき)が短くなったと言われている
このように旧暦の呼び方は日本古来から伝わっている現象からそれに相応しいものに由来つけられているのでなんとなく風情を感じる

転じて英語表示では・・9月はご存じSeptemberであるが、これはラテン語の意味としては7番目というseptemからきている 
しかしながら当然に9月は7番目ではないのでおかしいと思われるだろう そこで調べてみると紀元前ローマでは年の始まりは3月からであったらしく、そうなると7番目はseptemなので何も違和感はないが、紀元前713年にそれまで農閑期に不要であった1月と2月を加えることとなり、その際に9番目の月となった元来7番目の月名が変更されることなく今まで使われているからだという
このようにこの時のまま変更されることなく使われているのは10月October、11月November、12月Decemberである 
Octoは8番目、Novemは9番目、Decemは10番目 それぞれが紀元前713年に2つずらされたままである 
※海洋生物の足が8本あるタコがOctopusと言うのはこのOctoからきているとのこと
ちなみに7月Julyはローマ皇帝ジュリアス・シーザー、8月Augustもローマ皇帝アウグストゥスがその由来である

こう考えると古代ローマが支配していた地域で使われている月名には風情は感じられないが合理的と言えば合理的である

やはり、我々日本人がどちらかというと風情を大切にして物事の判断に感情移入するところがあるが、ヨーロッパの人々はなんとなく裁けていて基本的に何事にもドライに対処するように見えるのはこういうところにも表れているのではないかと・・・あくまでも個人的な見解ではあるが思っている

2017.9.1
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世界平和度指数

投稿日時:2017/08/29(火) 09:00

先日面白いデータを見つけた
『世界平和度指数』というもので世界163の国と地域を対象に分析したもので、それぞれがどのくらい平和かを相対的に数値化したものを英国のエコノミスト誌が発表しているものである(2007年~)
主な項目としては
①対外、内戦の数
②対外、内戦による推定死者数
③近隣国との関係
④人口に対する難民の割合
⑤政治的不安定さ
⑥テロ活動の潜在的可能性
⑦殺人事件の数、暴力犯罪の程度
⑧警察、治安維持部隊の数(軍は含まず)
⑨GDPに対する軍事費の比率
⑩普通一般兵器の輸出入量
⑪国連の介入度
⑫小型武器、携帯兵器の入手のしやすさ
など合計24項目を一定の数式に当てはめ、重要度の判定には掛け目を入れて総合点を算出している

それらを数値化したことにより以下の傾向があると言われている
①国・地域の総収入、教育レベル、人種差別撤廃度と相関があること
②政治の秘密性が低く、腐敗が少ない国はランクが上位になりやすい
③政治的に安定しており、面積が小さい国はランクが上位になりやすい

これらの結果を以下の様に(上から10位、下から10位)開示してみると
〈上位10国、地域〉
1位アイスランド、2位ニュージーランド、3位ポルトガル、4位オーストリア、5位デンマーク、6位チェコ、7位スロベニア、8位カナダ、9位スイス、10位アイルランド、同10位日本
〈下位10国、地域〉
154位ウクライナ、155位スーダン、156位中央アフリカ、157位リビア、158位ソマリア、159位イエメン、160位南スーダン、161位イラク、162位アフガニスタン、163位シリア
となっている

近隣諸国・・・台湾40位、韓国47位、中国116位、北朝鮮150位
気になる諸国・・・英国41位、フランス51位、ブラジル108位、アメリカ合衆国114位、インド137位
OB赴任諸国(僕が把握範囲内)・・・ドイツ(島野)16位、ベトナム(圭介)19位、シンガポール(晋平、至)21位、インドネシア(啓三さん、まきさん、浅尾さん)52位、タイ(バッキー)120位

このランキングがすべてではないし、治安とは密接な関係ではないものの旅行等々を考える際の参考になるのではないかと思うし、僕の認識とは明らかに違う結果もあり、グローバルな観点としてこのような世界の見方も面白いと思う

2017.8.29
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即席ラーメンの日

投稿日時:2017/08/25(金) 09:30

今日8月25日は『即席ラーメンの日』だそうだ

諸説あるが・・・日清食品の創業者である安藤百福(あんどうももふく)氏によって1958年に発明されたというのが一般的である

この百福氏が考え出したと言われる「瞬間油熱乾燥法」という製法は1962年に「即席ラーメン製造法」として特許登録されており、戦後日本のイノベーション100選中トップ10に選定されている
また、百福氏は業界全体の発展を考え、1964年に「日本ラーメン工業協会」を設立し、加盟している同業他社に即席麺関連の製法特許を惜しみなく公開し、東洋水産(マルちゃん等)やサンヨー食品(サッポロ一番等)、明星食品(日清食品系列)、エースコック(サンヨー食品系列)などの同業他社の発展に大きく寄与した

元来 袋麺が主流であったが、海外進出を考えた百福氏が1966年に行った欧米視察の際に米国人バイヤーが同社のチキンラーメンを2つ折りにして紙コップに入れてフォークで食べている姿を目の当たりにしてカップ麺の発想が思い浮かび、1970年9月18日『カップヌードル』の発売に至った
発売当初は売り上げに苦戦していたが、1972年2月に起きた「あさま山荘事件」のテレビ中継で厳寒の中カップヌードルを食べている機動隊員が映し出されたことが話題を呼び爆発的に売れるようになった

今では国際食となったインスタントラーメンは2014年度には世界中で1,000億食も消費されるようになった このうち約5割は中国であり、次いでインドネシア(150億食)、日本は第3位(60億食)となっている

食の多様化と健康志向の影響で日本の国内需要は2000年をピークに減少傾向にあったが、2009年日清食品の「カップヌードルライト」、2015年明星食品の低糖質麺シリーズを展開することで減少傾向に歯止めがかかっているようだ

コンビニの商品構成の中では主要を占め、各社の開発競争もあり業界の市場獲得競争は一層激しさを増しているが、日本発の国際食として手軽な食べ物からおしゃれな健康食として転換していくことができるのか これからの『即席ラーメン』に期待していきたい

2017.8.24
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道後温泉

投稿日時:2017/08/21(月) 11:05

夏季休暇を利用して四国を3/4周してきた

高知空港から四万十川に向かい、四万十川沿いに北上し愛媛から松山道を東に高松まで車で約700kmの行程であった

四国を観光目的で訪れるのは初めてであったので各地の名所を満喫 中でも『金刀比羅宮(金毘羅さん)』の奥社(厳魂神社)までの1368段の階段を上りきったことで久しぶりに達成感を味わえた

もちろん、松山では好きな小説の『坂の上の雲』の舞台である松山城や主人公である秋山兄弟の生家へも訪れた

松山と言えば『道後温泉』が有名であり、もちろん温泉にも入ったが、数年前にNHKで放送された坂の上の雲の長編ドラマが話題となり多くの観光客を呼んだおかげで土産物屋がアーケードを作ってしまった影響もあり以前に訪れた時よりも温泉街としての風情はなくなってしまったのは残念に感じた

ところでなぜ「道後温泉」と言われているのか気になったので調べてみると・・・古くから「前・中・後」が地名に付くのは多く、例えば越(こし)の国としての越前(現在の福井県)・越中(同 富山県)・越後(同 新潟県)や吉備の国としての備前(岡山県)・備中(岡山県)・備後(広島県)というのがあるが、道後温泉のある国は伊予の国であり、その範とは明らかに違う

では、なぜ道後なのかを調べてみたら・・大化の改新(945年)まで遡ることになった
大化の改新後、各地に国府が置かれ、その国府付近を「道中」と呼び、それより都(京都)に近い方を道前、遠い方を「道後」と呼んだそうである 伊予の国において道中は現在の今治の辺りだそうで、それよりも都に遠い場所だったので道後という呼び名(地名)が残ったそうだ
そうなると、ほかの地方にも同じ町名が残ってもよさそうだが、道後や道中をググってみたがどこも該当する地名はなく、道前だけが秋田県、愛知県、福島県などに残っていることが判った

松山の道後だけがなぜ残ったのかはわからないが「どうご」という響きが古よりのDNAとして我々日本人の中に残っており、人々を魅了しているのではないかと思っている

2017.8.21
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タロジロ

投稿日時:2017/08/11(金) 10:00

何のテーマかと思われると思うが・・・僕と僕の代の主将(板井二郎 丸紅勤務)のことではない

第1回南極観測隊の犬ぞりの先導役として活躍した兄弟の樺太犬のことである  これにサブロも加えて3兄弟犬だったらしいが、サブロは訓練中に亡くなってしまったそうだ

第1回南極観測は1956年(昭和31年)11月に総勢53名の隊員と22頭の樺太犬が南極観測船「宗谷」で東京湾を出発したが、実際の南極越冬隊には11名の隊員と19頭の樺太犬が選ばれ、この中にタロとジロも含まれていた

第1次越冬隊の交代要員として第2次越冬隊の計画もあったが悪天候のために南極に近づくことができず、11名の第1次越冬隊員と2羽のカナリアと1匹の三毛猫と8頭の南極生まれの樺太犬とその母犬だけを収容するに止まり、タロジロを合わせた15頭の樺太犬は昭和基地の外に首輪を繋がれたまま置き去りにせざるを得なかった

1959年(昭和34年)1月14日第3次越冬隊が昭和基地に着いたときに2頭の樺太犬が生存しており、この2頭がタロジロであったことが当時の日本中で感動を引き起こしたそうである

タロは第4次越冬隊と共に1961年5月4日に4年半ぶりに帰国、その後1970年まで北海道大学植物園で飼育され、1970年8月11日に老衰のために亡くなった 人間に換算すると90歳近い年齢であり天寿を全うしたといえる 今日はタロの47回忌である

ジロは第4次越冬中の1960年(昭和35年)7月9日昭和基地内で病死したとのこと

タロジロはそれぞれ剥製となり、タロは北海道大学植物園、ジロは上野の国立科学博物館において別々に展示されていたが、高倉健主演映画「南極物語(1984年公開)」の影響により、2頭を一緒にさせてあげようという運動が起こり、1998年(平成10年)9月に稚内青少年科学館で「タロジロ里帰り特別展」で2頭の剥製が初めて同じ場所で展示され、2006年にも国立科学博物館での「ふしぎ大陸南極展2006」でタロジロは再会を果たしている

現在58回を数えるに至る南極地域観測隊は、初期の頃とは比べものにもならないくらいに快適で日本での生活とほぼ同じような水準を保てるようになり、また、移動手段も雪上車を使うようになり樺太犬の出番はなくなっているようである

余談であるが・・・「南極物語」が公開された1984年、僕と板井二郎は冬のアルバイトを築地場内の同じマグロの仲卸業者ですることとなり、我々の名前から市場の近所中の業者で話題になったことがあった

ps
来週はお盆休みなのでコラムはお休みします

2017.8.11
SRFC
Taro.S

シーズンイン

投稿日時:2017/08/09(水) 09:54

夏合宿が始まった 
5日間の校内合宿と16日からの菅平合宿と合わせると2週間にも及ぶ長丁場であり、自分の学生時代の気持ちと重ね合わせても気の毒としか言えない
怪我人が出ないことを願うばかりである

その昔『夏を制する者が受験を制す』というとある予備校の標語があったが、ラグビー界も同じだと思う 
夏の在り方が秋の戦績に直接的な関わりを持つので、痛いとか辛いとかネガティブなことは心の中に仕舞い、どうしたら自分が成長しチームが強くなるのかを考えて行動、実践して欲しい

そこで春の交流戦の結果を昨年と対比してみたので参考にしてほしい 
対戦相手はリーグ戦が専修が法政に、関東学院が山梨学院に変わった以外は日大と対抗戦は昨年同様立教、日体、青学なので良い比較になると思う
2016年
総得点106、総失点370 得トライ18、失トライ56
2017年
総得点106、総失点366、得トライ16、失トライ58
数字だけ見ると昨年とほとんど変わっていないようだが、法政大との7vs102(得トライ1、失トライ16)の試合があるのでそれを抜かせば、昨年と比べるとDF力は少しだけ上がっているのではないかと思っている ただし、考え違いして欲しくないのはまだまだ全然「ダメ」なレベルであるということは認識してほしい
得点力について考えるとトライ差が2つなのでそんなに変わっていないと思ってしまうと落とし穴に嵌ってしまうだろう 昨年より明らかにBKの「前」に出ようとする力は劣っている

春の戦績を分析していると思うが、チーム、そして個人の課題はそれぞれ明確になっているはずなのでそれらをしっかりと制して今年の目標に向かって『UNITE』してほしい

2017.8.9
SRFC
Taro.S

勧善懲悪

投稿日時:2017/08/04(金) 12:05

子供の頃、学校から帰ると必ず見ていたTV番組は再放送の時代劇であった

水戸黄門、大江戸捜査網、暴れん坊将軍、遠山の金さん等々「勧善懲悪」が定番で、権力のある悪者が決まったパターンで成敗されていた

〈懐かしいお決まりの場面 遠山の金さん〉
遠山金四郎:「遊び人の金さんという男をしらないかい?」
悪者の親分:「誰ですかそいつは?・・・面白いじゃないですか・・いるというだったらそいつをここに連れてきてくださいな」
その手下達:「そうだそうだ つれてきてもらおうじゃねえか!」
遠山金四郎:「そうかい・・そこまで言うんだったらみせてやろうじゃないか! この背中に咲いた桜吹雪、散らせるもんなら散らしてみな・・・・」
悪者一同:愕然として桜吹雪を見入り、うなだれてしまう

こんなシーンが毎回毎回繰り広げられ、それを飽きずにというかその場面見たさに見入っていたものだった

現代のTVドラマで視聴率も高かった「半沢直樹」、「ドクターX」にもこの要素は取り入れられており、我々日本人は勧善懲悪が好きな民族ではないかと感じている

そのルーツは?と探してみると、聖徳太子の十七条憲法の第六条には「懲悪勧善、古之良典」というのがある
つまり、悪を懲らしめて善を勧めるのは、古くからある良いしきたりであるということが聖徳太子以前の古来から認識されているある意味で日本人のDNAとして染みついている感性なのかもしれない

そんなことが判ると・・今の国内には「勧善懲悪」されて欲しいことが沢山あるので誰かが出てきて成敗して欲しいものである

2017.8.4
SRFC  Taro.S

お水

投稿日時:2017/08/01(火) 08:50

僕が大学生のころまでは自宅でも学校でも公園でも・・・つまりいつでもどこでも水道の蛇口から出てくる水を飲んでいた
今は(自分を含めて)そんなことをする人はほとんどいなくなり、自宅では浄水器からでる水を飲み、外ではペットボトルの水を飲んでいるのが現状である

今日8月1日は『水の日(日本)』なので、水について少し考えてみたい

ブリタニカ国際大百科事典によると
地球上の水は太陽熱で蒸発して水蒸気となり、大気中で凝結して雨や雪となって地上に帰り、一部は地中にしみ込んで地下水となるが、大部分は河川水となって海洋に戻るが、これを循環水と言う
このようにして循環している地球上の水量は14億K㎥と言われているが、その大部分は海水で、淡水はわずか2.7%にすぎず、また、淡水の大部分は極地の氷山、氷河や750m以深の地下水で、水資源として利用できる河川や湖沼などの地表水と一部の地下水は、地球上の水の総量の1%にも満たないそうだ

一方で日本における水の賦存量(降水量から蒸発散を差し引き、面積を乗じたもの)は年間4,500億K㎥ 
※賦存量というのは天然資源が利用の可否に関わらず、理論上算出されたある量として存在すること

日本の年間降水量は世界平均の2.5倍ではあるものの人口の割に国土が狭いので、1人当たりの年間降水量としては世界平均の1/5に過ぎないので賦存量の4,500K㎥という数字は必ずしも豊かとはいえないようだ

それに加え、生活水準の向上や社会活動の増大に伴い水の需要は増え続けているにも関わらず、開発適地の減少や水源地域対策の遅れ、開発コストの上昇などにより水不足は深刻化しつつある

子供の頃『安全と水は’ただ’』と言われ(意味合い的には揶揄ではあるが・・・)育てられきた我々世代はもちろんのこと、これからの日本を背負っていかなくてはならない学生たちも、今日の「水の日」をきっかけとして、水を資源として捉え、どのように生み出し利用していくべきかをじっくりと真剣に考えていかなくてはならないと思っている


余談だが、僕たちが学生の頃は今日(8/1)が夏のシーズンイン当日であり、ある意味1年の中で一番迎えたくない日であった・・・そんな日が誕生日であった僕の代の主将であったI.J君は、学生時代に我々から心底「おめでとう」と言われたことはなかったはずなので・・・今日は心よりおめでとうと伝えたい
I.J 誕生日おめでとう

2017.8.1
SRFC Taro.S

ラグビー考察

投稿日時:2017/06/09(金) 11:10

ラグビーの観客動員数が年々減少傾向にあるという

全国的に高校大学のプレーヤー自体が減少していること、ルールなどが分かりづらくて競技経験者でないと観戦に適さないということ、かつてのラグビー人気を牽引してきた大学ラグビーの雄である早慶明の低迷していることなどがその要因であると思うが、その根本的な原因について個人的な見解をかなりの極論で展開してみたい

同じ球技でありながらサッカーとラグビーの絶対的な違いは得点のカウント方法だ サッカーは1ゴール1点であるが、ラグビーは1ゴールが5点~7点となる この現象により大量得点差もサッカーは5点の場合、ラグビーでは最大で35点にもなる 

0対5の試合と0対35の試合では明らかに見た目の「接戦感」が違うと思う

つまり、ラグビーの場合番狂わせが少ないスポーツと言われているので実力の差が点差に表れると見た目ですごいことになる

仮に100点ゲームとなるとやっている方も辛いが応援している方はなおさら辛いし、結果だけしか見てない人になるとおそらくやらない方が良かったのではないの?と思っているはずである

そこでラグビーが発祥した初期のルールに戻すことを提案したい

『TRY』は誰もが知っているラグビーの得点に関する言葉であるが、その昔はトライしただけでは得点は与えられず、その後に蹴るゴールキックに挑戦する権利を得るための手段がインゴールにグラウンディングすることであり、キックに挑戦する、つまりそれがトライと呼ばれることになったと習ったことがある

トライの得点にも変遷があった
1948以前は0点、1948-1970:3点、1971-1992:4点、1993以降は5点

トライ後のゴールキックがコンバージョンキック(conversion)と言われているのも、トライ後に追加点に変換できる(convert
)ことが由来である

余談だが、その昔「Convert」というボールがあり、「ウシトラ」という会社が作っていたボールで工場が大阪にあったので主に関西方面の高校では主流で使われていた記憶がある 当時の成蹊大学ラグビー部もこのコンバート製のボールを使っていたことがあったが、普通のボール(当時はセプターが主流)よりも少し縦長で扱い辛くて個人的には嫌いなボールであった

話が逸れてしまったが・・・

トライの得点が増えるにつれて当然のことながら大量得点差のゲームの数も増えてきた

これではやっている人も面白くないと思いながら戦っているだろうし、例えばその選手の弟君などが応援観戦に来ていたりしたら、絶対にラグビーなんてやりたくないと思うはずだ

競技人口を減らさないことが観客動員にもつながるはずなのでやっている人も応援している人もその関係者全員がみじめな思いをしなくて済むように得点差を極力少なくすることで接戦感が醸成され、しいては「面白いスポーツだ」と思われるのではないかと思っている


まぁ本当はトライされないようにしっかりとタックルすれば良いと本音では思っています

2017.6.9
SRFC
Taro.S



 

京都好き

投稿日時:2017/06/06(火) 12:00

僕が京都を好きになったのは中学生の時に読んでいた「歴史街道」という雑誌の中で源平合戦の特集があり、その中に「平家物語」が紹介されていて、かの有名な冒頭「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり・・」に惹かれ原文を読んでみようと思って解釈本を片手に原文を読み進めるうちにその場所に行きたくなったからである

栄華を極めた平家一門の舞台であり、木曽義仲の哀れさ、宇治川の合戦など歴史の舞台が京都に沢山あったことにより訪れる回数が増え好きになったのである

大半の人が紅葉を楽しみに秋に押しかけるが、僕が一番好きな季節はまさにお盆の時期 盆地特有のうだるような暑さの中に浮かび上がってくる京都五山の送り火や大原三千院の万灯会 蝋燭の炎に浮かび上がる観音堂の幻想的な姿には感動を覚える

今の時期は三室戸寺の紫陽花、貴船の蛍など観光客が少ないのでお勧めの時期である

「平家物語」には読み手ぞれぞれにその思い浮かべる情景とともに好きな場面があると思うが、僕が一番好きなのは「敦盛」の場面、自分の息子と同じ年くらいの平家の若武者平敦盛(のちの首実検で敦盛と判明)首を討たざるを得なくなった熊谷直実がのちに法然の弟子となり出家し仏門に帰依することになったくだりなどは何度読んでも飽きない場面である

実は皆もこの熊谷直実には年に1度必ずお目にかかっている

北関東のラグビーの聖地 JR熊谷駅のロータリーにある騎馬武者はこの熊谷直実のものである

その名の通り 熊谷村の出身で今も地元熊谷寺で眠っているそうだ

できれば今年はお目にかかりたくないと思ってはいる

2017.6.6
SRFC
Taro.S



 

米国 パリ協定から離脱

投稿日時:2017/06/02(金) 14:20

トランプ大統領が『パリ協定』から離脱することを発表した

パリ協定とは2015年12月12日『第21回気候変動枠組条約締結国会議(COP21)』によって気候変動に関して世界中で協力して温室効果ガスの削減をすること合意したものである

京都議定書(1997年)以来の国際的枠組みであり、加盟国が196か国にもわたる歴史的な協定であった

本日の発表はトランプ大統領が『America First』政策を最優先させることを宣言したことに等しいと言える

現在、地球温暖化の原因となっている二酸化炭素の排出量の47%を占めるインド、中国、アメリカ合衆国のうちの1つの国がパリ協定から離脱することを宣言したとなると、この協定自体有名無実化することは否めない

地球温暖化について環境省のHPから調べてみると、現在の地球の平均気温は14度前後であり、もしも大気中に水蒸気やCO2,メタンなど温室効果ガスがなければ、その気温はマイナス19度くらいなるとのこと

よって、温室効果ガスを排出することはすべてが’悪’なのではなく、世界中の国が協力して温室効果ガス排出をコントロールしましょうというのが協定の基本的な考え方なのだ

欧米諸国や日本など他国よりも先に工業の発展に伴い経済発展を遂げた国は率先して温室効果ガスの排出量は減らすべきであり、インドや中国など新興国が排出量削減を渋るのは理解できるが米国のように自国の利益ばかりを優先させる姿勢はいかがなものかと思ってしまう

かつて米国は1823年にモンロー教書(モンロー宣言)として、表向きは欧州各国が植民地政策を取ることに関しての相互不干渉を宣言したが、その裏にはロシアのアラスカ(当時はロシア領)からの南下政策を阻止するためのものだったと言われている

こう考えるとトランプ大統領のパリ協定離脱にも何か裏があるのかもしれない

2017.6.2
SRFC
Taro.s



 

ちゃんと知ってて使っている言葉ですか?

投稿日時:2017/05/30(火) 00:08

少子高齢化・・・新聞紙上で目にしない日はないし、就活生もお題目のように自身の志望動機の中に「少子高齢化が進み、その中で私は・・・」なんて取り入れている学生が多くいる中でその実態をどのくらい把握しているのだろうか

日本は2008年12,693万人をピークに人口減少時代へ突入しており、ほぼ1年に80万人のペースで減少しているらしい

この80万人ってどのくらいかを分かり易く言うと現在の浜松市(静岡県)の人口が80万人ほどなので、ほぼ毎年浜松市の人口と同数の人がこの日本から減っていることになる

国立社会保障・人口問題研究所の推計資料によると、現在1億2千万人ほどの人口が2110年には4280万人まで減少してしまうと試算されており、この推計は過去にもぶれがなく、(何も対策を講じなければ)ほぼこの通りになると言われている

民進党の議員が「待機児童問題」を取り上げているが、実はこの問題は都心だけの問題であって地方の人々にとって何をそんなに騒いでいるの?というのが実態であり、地方の人にとっては過疎化がどんどん進んでいる現状の中では少子高齢化をいかに国が対策してくれるかのほうが実情に合っている

2016年に安倍政権が地方創生の一環として人口を1億人で維持しようすることを政策の中に織り込んだが、それ以前にこの人口政策を閣議決定し政策の中に織り込んだのは1941年の近衛文麿内閣にまで遡ることになる

1941年というと昭和16年 まさに太平洋戦争に突入しようとする年であり、これは悲しいかな「軍備増強、兵力増強」のなにものでもない政策であまり感心できないが、昭和35年までに人口1億人を目指すという具体的な目標を掲げたものである

人口の増減と国体は比例すると言われているので安倍政権の人口増加に関する政策は将来的な日本の危機に備えようとしているのでもっと評価されてもよいと思っている

日本では評価されるかどうか難しいと思うが、フランスではシラク大統領時代の1994年1.66%まで落ちた出生率を2005年までに2.0%台まで回復させた『シラク3原則』というのが存在している
①子供を持っても新たな経済負担は生じさせない
②無料の保育所を完備
③育児休暇から職場復帰した際には休暇前の待遇を約束
という政策を打ち出し、人口減少に歯止めをかけた

素晴らしい政策だとは思うが、日本が直ちにこの原則を真似ようとしても文化的に難しい実態もある

それは、婚外子に対する差別的な考え方、婚姻に対する一般通念の存在やジェンダーギャップなど日本独自の文化を考慮しないとならないからである

少子高齢化を問題にするのは簡単であるが、経済的な側面だけではなく文化的な観点からも国情に合ったやり方で少しでもはやく出生率を上げるにはどうしたらよいかをもっと国会で論戦を繰り広げて欲しいと思ってしまった

2017.5.30
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樋口廣太郎氏

投稿日時:2017/05/26(金) 15:45

会社の研修会で招いた講師の座右の銘が「心は形を求め、形は心をすすめる」だと言っており、仏教からきた言葉だとのことなので調べたところ、『心を整えたくても心そのものは形をもたない、けれども所作や行動といった目に見えるものの形を整えることで心を整えることができる』という仏様の教えだということが解った

僕の中ではすぐに樋口廣太郎氏が思い出された 樋口氏は住友銀行を副頭取まで務め、その後アサヒビールの社長に就任、当時経営不振状態のアサヒビールの再建に成功された辣腕の経営者である

TV放談の中で『赴任初めての朝、アサヒビールの社屋に入りエレベーターに乗った際に僕のことをだれも知らないのはしょうがないと思うけど、年配者が乗ってきても挨拶もしないし、ネクタイもだらしがなく結ばれた状態で朝にもかかわらずぼーっと乗っている社員の姿を見て、経営不振の原因はこれだと思ったので、身なりを整え、しっかりと挨拶ができるようにすることから社内改革を始めた』と話されていたことを思い出した

まさしく樋口氏の言わんとするところはこの言葉と同じだと思ったのである

樋口氏が社長に就任してからのアサヒビールの快進撃はすごかった 

『濃くがあるのにキレがある』というキャッチフレーズで青木功とジャンボ尾崎を使ったCMで爆発的に売れたスーパードライの登場で、それまでキリンビールの独壇場だったビール市場でキリンを抜き去りトップに躍り出たのである 

僕が銀行員時代の銀座支店時代にアサヒビールは取引店で、かつ担当者だったこともあったので当時取締役だった支店長と年始の挨拶をしに行った際に、樋口社長も同席されることが分かったので・・・銀行から転出して大企業のトップとなり経営者として大成功を収めている憧れの張本人に会えると思ったので・・・サインをしてもらおうと思って色紙を持参したところ次のような一言を添えてサインを下さった 

『呑舟之魚不游枝流 (呑舟の魚は枝流に游がず)』

「船を飲み込むような大きな魚は小川にはすまない」 つまり、大物はつまらないものと付き合ったり、小事にはかかわらないということを意味しているそうで、君もこれから社会に出て色々な人と出会ったり色々な難事に関わると思うけど何か判断基準が必要になると思うからこの言葉を君に送るよと言って下さった言葉である

全く実践できていないことを実感しつつ少しでも近づけたら良いなぁとまた今日思い出した

忘れもしない1990年1月10日に頂いたその色紙は今でも大切に実家の仏間に飾ってある


2017.5.26
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ラグビーW杯

投稿日時:2017/05/23(火) 15:10

2019年日本での開催が決定しているラグビーW杯の第1回大会は1987年の今日(5/22)にオーストラリアとニュージーランドの2か国共催で開催された

この大会は地区予選がなく、開催国の他にはIRB主要国(イングランド、アイルランド、スコットランド、ウェールズ、フランス)の5か国の他にアルゼンチン、フィジー、イタリア、カナダ、ルーマニア、トンガ、ジンバブエ、米国、そして日本の14か国が招待され、合計16か国で行われた

南アフリカ共和国はアパルトヘイト政策のため招待されず、第2回も出場できなかったので南アがW杯に出場できたのは第3回大会からである

日本は宮地監督、林主将のもとで予選リーグ米国、イングランド、オーストラリアと対戦、当初予想では米国には勝利を収め、オーストラリアには勝てないもののイングランドには勝つ可能性もあると判断されていたが、蓋を開けてみたら3戦全敗 それまで親善試合でしか戦ってきていなかった世界中の強豪国との力の差を感じさせられた大会であった

決勝はニュージーラドvsフランスとなり、NZがフランスを29-9で破り初代王者になった

ラグビーもW杯が開催されたことをきっかけにプロ化の波が押し寄せ、1995年IRB理事会により「アマチュア規定」が撤廃され、1996年トライネーションズ、スーパー12への発展へとつながっていった

日本ラグビーの「接近、展開、連続」という戦術を身体の小さい日本人が巨体の外国人といかに互角に戦うかを常に考えていた大西鉄之助氏は、その昔TVのインタビューでラグビーにおけるアマチュアリズムについて語っていたことがあった

インタビュアーに「なぜ、ラグビーはアマチュアリズムを頑なに守るのですか」という質問に対して、大西氏は「君は自分が生活に困ったときに愛妻を淫売に出すか? 出さないだろ・・・ラグビーのアマチュアリズムとは自分にとって大切なものを金銭価値に変えないことだよ」という内容だった

もう40年以上前の話だし、現在の流れとは真逆であるけれど・・・今の大学ラグビーに限って言えばこの大西氏の話を真摯に受け止めてもう少し学生スポーツとしてのラグビーの在り方を考えていくべきだと最近とみに感じている

2017.5.22
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就職活動vol2

投稿日時:2017/05/19(金) 09:08

いよいよ2017年就職活動もついに最終の追い込み段階に入ってきた

6月1日に内定を勝ち取るために必死にOB訪問や会社説明会に出席したり、中には実質的な面接に臨もうとしている姿には悲壮感が漂っている

暑くなってきたのだから脱げばよいのに真面目に上着を着ながら歩いている学生を見ると、「脱いだって平気だよ、そこまで人事部の人は見ていないよ・・もっと気楽にしていた方が良いんじゃないの?」と一言声を掛けてあげたくなってしまう

4/1 会社説明会解禁、6/1 選考開始というのが経団連加盟企業による2017年の就職協定であるが形骸化していると感じている

指定期日までにエントリーシート(ES)を提出、Webテストもしくはテストセンターで試験を受けさせ、通過した者だけが面接に臨めるというパターン化された就職活動にも違和感がある

沢山のESが送られてくる就職人気企業にとっては「線引き」の有効手段なのかもしれないが、その結果として画一的な学生を生み出すばかりで、自主創造に欠け進取の精神も気鋭など全く感じられない学生を採用してしまっているような気がしてならない

また昔の話を出してしまうが・・企業ならではの独自色が感じられた時代があった 「人の三井、組織の三菱」というのが企業色を表現した代表例だと思うが、僕が在籍していた三和銀行も当時は「野武士軍団」と言われおよそ銀行員らしくない人が沢山いた 

当時の採用はそれぞれの企業が独自の方法で実施しており、筆記試験があるところもあれば面接だけのところもあったり、採用期間も今のように協定によって一斉に行われるものではなく業種業界によって分かれていた時もあった

「人こそ財産」を標榜している企業は沢山あるが採用方法をみていると本当にそう思っているのか、その真意には疑問符を付けざるを得ない

形骸化されている就職協定とともに企業の採用方法も見直す時期に来ていると思っている

2017.5.19
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オレたちひょうきん族

投稿日時:2017/05/16(火) 10:00

1981年の今日(5/16)に放送開始となったこの番組を生で観たことがある年代はおそらく40歳以上だと思うが、一世を風靡した番組でフジテレビに一気に勢いを与え、かつ、バラエティ番組の走りとなった番組であることは間違いないだろう

とにかくめちゃくちゃだったので今では放送できないものの方が多いのではないかと思う 現在では大御所芸術家のように振舞っている鶴太郎氏なんかはすぐに素っ裸にされてプールに投げ飛ばさるのが定番の芸だった

元々は野球中継が雨で中止となった「雨傘番組」としてスタートしたらしいが、「楽しくなければテレビじゃない」を標語としたフジテレビが当時の若手漫才ブームの勢いを借りた形で土曜日20時台には欠かせない番組となった

漫才特番やお笑い演芸番組など特別な時にしか見ることができなかった漫才師(芸人)が一気に身近な存在となった

こんなお化け番組もビートたけしが犯した「フライデー事件」により本人の出演ができなくなったことを境に視聴率が低下し1989年10月に打ち切りとなったのは残念だったが、面白さを追求することに限界もあったのだと思う

その後一時はお笑い番組も下火となりほとんどのテレビ局で取り扱われることがなくなったが、この番組でその人気を不動のものとしたビートたけしと明石家さんまによりお笑い芸人の地位が確立されたことで、ダウンタウンやうっちゃんナンチャンなどが活躍しやすくなり、その結果今日どの番組を観ても同じようなお笑い芸人が溢れていることとなったが、同じような芸人ばかりが下らないことばかりやっていることを見ていると「電波の無駄遣い」な気がしてならないので、どこかのテレビ局が勇気をもってもう少し硬派な番組つくりをしてくれることを期待している

余談だが・・当時の人気登場ゲストに「牛の吉田君」というのが居たことを覚えているが、なぜ覚えているかというと後からその由来を聞いたのでその記憶が鮮明だからなのだが・・・本人に了解を得ていないので披露することはこの場を借りてお詫びするが・・・現在三菱商事に勤務している田中秀孝君(H5年卒)が当時成蹊中学時代の隣席に座っているクラスメイトの名前が吉田君と言う子で彼がたまたま隣に座っていたことだけの理由で「牛くん」というあだ名がつけられ、46歳となった今でも友人からは「牛」と呼ばれているのでその影響力の凄さはやはりすごいものだったことが分かりますよね

2017.5.16
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フランス新大統領誕生

投稿日時:2017/05/09(火) 10:05

フランスに新大統領が誕生した
その名はエマニュエル・マクロン氏 39歳
パリ政治学院とENA(仏国立行政学院)卒業のバリバリのエリートである

1789年のバスティーユ牢獄襲撃など象徴的な事件が起き、アンシャン・レジームが崩壊したフランス革命後の混乱期に彗星のごとく出現したナポレオン1世が、第1帝政を開いたのが1804年であり当時35歳だったことを考えると、フランス国民にとって年齢的な経験はあまり重要ではないのかもしれない

多発しているテロへの嫌悪感、流入移民の激増や経済的な閉塞感を打破して欲しいと願う感情よりも、安定感というか保守的な道を選んだことに対して国民気質からすると意外に感じるかもしれないけれど、農業大国であるフランスが現行のEU運営上においては恩恵を被っていることが多いことを知っている国民はさすがに実利を選んだとも言える

イギリスがEUを離脱せず、またアメリカ合衆国にトランプ大統領が出現しなかったら極右のルペン女史がもしかしたら選ばれていたかもしれないが、世界を牽引する国々での国家的投票で大方の予想を裏切る結果が出たことに対して、3度目でようやくとアレルギー反応が出たと感じている

日本人にとってフランスは、花の都パリを中心に芸術と文化の国であり、ワインやフレンチに代表される美食の国であり近年では和食にも理解を示してくれる国として年配者を中心に憧れの存在である

今まではそんな表面的なことしか感じていなかったフランスに対して、マクロン氏がどのような政策を押し進め、また日本に対してどのようなうな感情をもって接しようとしてくるのかをもう少し具体的に感じながら見ていきたいと思っている


2017.5.9
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ゴールデンウィーク(GW)

投稿日時:2017/04/28(金) 14:17

 

明日からゴールデンウィーク(黄金週間)に突入する 

 

旅行など色々と予定を立てているラガークラブOBも沢山いると思うが、現役部員にとっては嬉しくない黄金週間であることに間違いない

 

Golden WeekGW)は和製英語であり、生みの親は映画会社大映の常務取締役であった松山英夫氏と言われている
 

多数の動員を生み出し、活性化を目指すことが目的で映画業界の宣伝用語として使われるようになり、1953年(昭和28年)頃から一般的に広まった言葉である
 

NHKでは広告放送禁止規定によりゴールデンウィークとは言わずに『(春の)大型連休』という表現で統一しているそうなので、今度から少し注意してニュース等を聞いてみたい

 

本来は5月3日(憲法記念日)から5月5日(こどもの日)までのことを指していたが、現在一般的には4月29日(昭和の日)から5月5日までとされている

 

余談だけど・・我々世代にとっては4月29日は「天皇誕生日」であり、その後1989年からは「みどりの日」となり2007年から現在の「昭和の日」となった

 

以前は休祝日が飛び飛びになることがあったので「飛び石連休」と言われていたこともあったが、1985年に祝日法が改定されたことにより5月4日が「国民の休日」になってからは、このような言い回しは聞かれなくなった

 

5月1日「メーデーの日」として祝日とすると、祝日法の規定により自動的に4月29日から5月5日までが超大型連休となる構想があるそうだが、すでにある勤労感謝の日(11月23日)との差別化やそもそもメーデー自体が社会主義的な発想のもとから生まれた活動であることから馴染まないという見解もあり実現に至っていない

 

現役部員にとってみれば長くなればなるほど合宿期間も延びるのでそんな構想は実現して欲しくないと思っているはずだけど、卒業して社会人になるともっと連続してほしいと思っているはずで、まぁなんとも勝手なもんだと思う

 

そんなゴールデンウィークに突入したので僕のコラムもお休みを頂き5月9日から再開したいと思っています

 

 

2017.4.28

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初任給

投稿日時:2017/04/25(火) 10:49

おそらく、今日でこの4月から新社会人になったラグビー部の大半の卒業生には初任給が支払われていると思う

 

この初任給は、学校等を卒業し正規雇用された人が最初に受取る給与のことで、それまで(大半の者が)家族の庇護の下、学生生活を送っていたところに自立と自活をするようになる第1歩であり、とても感慨深くもあり心に残る通過儀礼になるのではないかと思っている

 

ぼくも初任給の日のことはいまでも鮮明に覚えている

 

入社(銀行員だったので入行というが)してまだほとんど何もしていない20日目に作ったばかりの新規口座に15万円ほど振り込みがあり、しかも初月なので税金等も何も引かれておらずそっくりそのままの金額が口座にあった

 

研修を通じて仲良くなった同期数名と飲みに行き、自分が稼いだお金で割り勘だけど初めて支払いをしたことで「自分も大人になったなぁ」なんて実感を味わっていた

 

母親にも母の日が近いこともあり何かプレゼントをしたと思うが残念ながら何を渡したのか覚えていない、本人も覚えていないそうなので大したものを贈っていなかったと思う

 

余談だが・・・当時の銀行には給与振込専用口座があり、しかも金利は6.0%もあったので使わないでおいておいた方が良かったのだが、上限が200万円までと定められていたし、バブル崩壊後銀行経営も怪しくなり1990年代後半に大半の都市銀行に公的資金が注入された際に、そんな高金利の預金口座の存在がこの世にあること自体が世間から叩かれたので廃止となってしまった

 

 

初任給 それは多額であれば多額なほど良いと考える人がいてもおかしくはないと思うし、誇らしい気持ちになるかもしれないけど、実はそんな下らないことはどうでも良くて、それより大切なのはその時に自分が素直にどう思ったのかをしっかりと覚えていることだと思う

 

これからどんな人生を歩んでいくかはわからないけれど、初任給の日は人生で最初で最後の通貨儀礼だと思うのでその時に自分が何をしたのか、何に遣ったのかをはっきりと覚えているような素晴らしい日であって欲しいと思っている

 

そんな成蹊ラグビー部の卒業生でいて欲しいと願っている

 

 

2017.4.25

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就職活動

投稿日時:2017/04/21(金) 13:22

3/1会社説明会が解禁となり、ビジネス街やターミナル駅にはダークスーツ姿の男女学生たちの姿をよく見かけるようになった

 

ラガークラブで就職支援関係のことをしていることもあり某有名な就職サポートサイトに登録してみたが、毎日大量にメールが届き目を通そうとするとまた同じサイトの別メールが届く・・それが延々と続くので会議などでしばらく携帯から離れていると恐ろしい件数が未読状態となってしまっている

 

時間や曜日とか関係ない 休みの日でも夜中でも一日中携帯からメール受信の知らせが鳴る

 

最初のうちは学生に何か役立つことがあるかもしれないと思ったのでピックアップしながら情報を得ようとしたが、その大半は周知のことであったり、逆にそんなことはないだろうということも多かったので途中から受信後即削除していたがあまりにも頻繁なので怖くなってしまい登録解除をした

 

大量な情報が与えられることが当たり前だと思い、逆に来ないと不安になってしまう「なんとか症候群」に部員たちも陥っているのではないかと心配になる

 

ダークスーツ姿にも同じことが言えると思う

 

皆と同じことをしていないと不安になってしまうのかもしれないが、僕にしてみたらみんな同じに見えてしまうのでもったいないと思ってしまう

 

僕らの頃は・・などというと時代が違うよとか批判があるかもしれないけど、同じスーツ姿でもネイビースーツやチャコールグレー、それぞれに色のバリュエーションも豊富でスーツ一つとっても少しでも個性を出そうとしていたし、僕は運動部であることを分かり易くする為に学生服で面接を受けていた

 

その方が面接官も「運動部の方ですね、ちなみに何部ですか」なんてなるから、最初から自分の土俵で面接が始まることが多かった

 

就職活動は別に個性を争う場ではないので、集団心理的な要素が多くなるのは仕方がないのかもしれないけど、そんな精神構造では入社した後に苦労してしまうのではないかと思う

 

最近は入社3年以内の離職率が30%超えるそうだ

 

とても苦労した就職活動を経てやっと内定を得た会社にもかかわらず、なぜそんなに簡単にやめることができるのか理解に苦しんでしまうが、そもそも就職活動の入り口から間違っていたとしか思えない

 

幸いラグビー部の学生が3年以内に離職したというは話はほとんど聞かない

 

これは、学生と就職をサポートしている若手OBとの間でしっかりとコミュニケーションが取れているので入社後にギャップを感じることが少ないことがその要因であると思っている

 

そういう意味でこの時期に真のボランティア活動として学生の就職活動をサポートしてくれているOB達には本当に感謝しかない

 

 

2017.4.21

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