コラム~成蹊ラグビー

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開幕

投稿日時:2018/09/19(水) 14:20

いよいよ2018年のシーズンが開幕した

初戦は大学ラグビーの聖地秩父宮で帝京大学との一戦

結果は7対113
ほぼ3分おきにトライをされる展開に対抗戦史上最高得点試合となる覚悟をしたが後半残り20分以降は攻め疲れたと思われる帝京大のミスもあり何とか収まるところに収まった感じとなりホッとした
救いは1トライを取れたこと
希望は若い選手たちが秩父宮で大学最強の帝京大と真剣勝負を経験できたこと

この113点はこれから戦う帝京大を倒したいと思っている早稲田大(9/23)、明治大(10/20)にとってバロメーターになるだろう
つまり、帝京大よりも多くトライを取り、ノートライに抑え113点を大きく上回るゲームを完遂すること
これらをゲームフォーカスとして80分間必死に戦ってくるに違いない

それに対してどのように戦っていくのか、春から積み上げてきたことを如何にパフォーマンスとして実現させるのかを帝京大戦を反省材料としてチームの立て直しを図ってほしい

CTBの甲山選手が何度も見せた好タックルやSH諸藤選手のパスミスを挽回しトライを防いだ必死のタックルなど随所に良いプレーも見ることができた
出場した選手全員が持ち場持ち場で好プレーを見せることができれば違う展開に必ずなるはずだ
さだましの歌詞にもあるけどだれもが自分の人生では主人公なんだから、試合に出場した選手はその試合の登場人物の主人公となって活躍して欲しいと思っている

2018.9.19
SRFC Taro.S

アジア大会

投稿日時:2018/08/27(月) 15:45

ジャカルタ(インドネシア)で開催されているアジア大会
先陣を切った日本競泳陣の活躍に引き込まれるようにTV画面上で声援を送っている人も多いのではないだろうか

私も注目のレースや試合に合わせるようにTVをつけるが、競技の合間に画面上に出現する観客席の多様な人種に驚きを覚えたのと同時にそもそもアジアってどこの地域のことを言うのだろう、、なんでイランとかバーレーンとか中東の人々がアジア大会に出場してくるのだろうと疑問を感じたので調べてみた

現在一般的にはユーラシア大陸のヨーロッパ以外の地域をアジアというらしく、ユーラシア大陸の約80%を占め、人口は世界最多でであり60%強がアジア地域に住んでいる(面積:44,579㎡、人口:4,436,224,000人、国数:48か国)
世界の都市の内、都市圏人口上位7位までがアジアに属する都市が占めている(1位東京、2位ジャカルタ、3位デリー、4位マニラ、5位ソウル、6位上海、7位ムンバイ、8位NY、9位北京、10位サンパウロ)

ただし、アジア地域の明確な定義はなくIOCとFIFAではアジアの範囲は異なっている
ヨーロッパ諸国から見たらトルコ以東(シベリアを除く)がアジアであり、アラブ諸国から見たら東南アジアと東アジアを指すようである

元来、言語的な成り立ちもありアジアを中近東、中央アジア、南アジア、東南アジア、東アジアと細分化する立場が求められていたが、近年では経済的なメリットや政治的な安定を求める観点からアジアをより広くとらえる考え方が一般化されてきているようだ

様々な人種、言語、宗教感、文明についてそれぞれの成り立ちや考え方を尊重することでスポーツと言うルールの下では皆が平等に、かつ平和にやっていけていることがアジア大会で証明されている

現在、米中経済戦争など世界中で不穏な動きが顕著になりつつあるが、このジャカルタにおけるアジア大会の粛々とした進行状況を世界中に示すことでそれらのことが如何に無駄なことであるのかを悟ってもらいたいと思っている

2018.8.27
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金足農業高校快進撃

投稿日時:2018/08/21(火) 13:15

夏の甲子園もいよいよ決勝戦となった
第100回を迎えた記念大会に相応しい対戦カードになったと思う
史上初二度目の春夏連覇を狙う「大阪桐蔭」と全国の農業高校の星、秋田県はもちろんのこと東北地方に初めて真紅の大優勝旗を持ち帰らせることができるか公立高校の雄「金足農業」
これほどまで日本中を巻き込んで注目されるのはマー君擁する駒大苫小牧vsハンカチ王子の早実以来だろう

金足農業がここまで取り上げられるのはやはり全員が地元秋田県出身の選手たちであるからであり、中にはこれが真の高校野球だと評する論調まである
まるで大阪桐蔭等私立の強豪校の方針を批判するような風潮が出てきている

でも、良く考えてみると、例えば東大や京大に入りたいと思い、東京の開成高校や兵庫の灘高校に全国から生徒が集まるのとあまり変わらないような気がする
スポーツと勉学に打ち込むことが違うだけで自分が打ち立てた目標を達成するために一番の近道を選んだ結果なのではないだろうか
それをあからさまに批判することに対しては違和感を覚える

14時にプレーボールとなる第100回全国高校野球選手権 選手はもちろんのことそれに関わる全ての人、そして観る人、聞く人すべての人々の心と記憶に残るような素晴らしゲームを期待したい

2018.8.21
SRFC Taro.S

最高気温について

投稿日時:2018/07/25(水) 15:55

本日7月25日は「最高気温の日」だそうだ
これは1933年(昭和8年)7月25日に山形県山形市で40.8度を記録したことに因んでいる
74年後の2007年8月16日に埼玉県熊谷市と岐阜県多治見市で記録した40.9度によりその記録は更新され、つい先日7月23日熊谷市で41.1度を記録したことにより、現在ではこの41.1度が国内最高気温となっている

気温の測り方は世界気象機関(WMO)により規定されており、地上から1.25m~2.00mの高さで、温度計を外気に当てないように測定すると定められており、日本では気象庁によりその高さを1.50mとしている

この暑さに関する気温用語(予報用語)としては以下の様なものがある
①熱帯夜
夜間の最低気温が25度以上のこと
誤解の無いように説明すると・・気象庁が統計しているのは熱帯夜ではなく、日最低気温が25度以上の日である
②夏日
日最高気温が25.0度以上の日
③真夏日
日最高気温が30.0度以上の日
④猛暑日
日最高気温が35.0度以上の日
以前は酷暑日と表現されることもあったが、2007年4月1日の予報用語改正によって正式に定義された

猛暑日が続いているのは何も日本だけではなく世界中で異常気象となっているようだ
自国の発展ばかりを考えるのではなく、先進国が中心となりCO2削減など地球温暖化を防ぐ手立てを真剣に考えないといけないことを地球が発信してくれているのだと思う

暑い夏を望んではいたけど・・・もう少し穏やかな陽射しをお願いします

2018.7.25
SRFC Taro.S

酷暑に思うこと

投稿日時:2018/07/17(火) 16:00

まず、西日本豪雨により亡くなられた方々に哀悼の意を表します 
また、被災された方々は少しでも早く日常を取り戻されることを祈念しています
前職の関係上、今回のような激甚災害指定を受けたような被災地への支援については尽くしてもつくしきれないので挙国一致で対応すべきだと思っています

さて、梅雨がないと思いながら梅雨が嫌いな僕としてはありがたいと思っていたところに一気に盛夏が訪れた
盛夏ではなく酷暑・・・近年7月の異常ともいえる暑さは異常気象そのものであり、将来的には日本特有の「四季感」が無くなってしまうのではないかと危惧しています

今日は祇園祭のハイライトである『山鉾巡行(前祭)』 
京盆地特有の茹だるような暑さ、動かない熱風のような空気・・・鉾を動かす人も見守る人も本当に大変だ

この祇園祭は、富士山が大噴火し、東北にも大地震が発生し、マラリアや天然痘なども大流行し国内情勢が不安になったために、66ヶ国中の悪霊を矛に移させ諸国の穢れを祓い、3基の神輿で薬師如来を本地とする牛頭天王を祀り御霊会を執り行ったのが起源(貞観18年、西暦869年)とされているそうだ

東日本大震災以来、度重なり発生する大災害 
自然界の脅威に無力な我々はそろそろ第2の祇園祭を考えないといけないときが来ているかもしれません

2018.7.17
SRFC Taro.S

歴代主将

投稿日時:2018/07/06(金) 12:41

サッカー日本代表の長谷部主将が代表から引退することを表明した
一緒に戦ったメンバー達や過去の歴代監督から彼に対する賛辞の声の多さに彼の功績を知ることができる
代表主将として81試合に臨んだのは日本国内では過去最高であり、W杯3大会連続主将として戦ったのも世界でも類を見ないらしい

そんな記事を読んでいると、成蹊ラグビー部の中で僕が個人的に印象に残っている歴代主将について語りたくなりました
沢山の主将が思い出されますが、その中から特に思い出深い5名を挙げてみました
①大崎憲洋(おおさきのりひろ)先輩
昭和61年卒業、ポジションはフルバック
小柄ながら鍛えられた肉体と的確な判断力、またその効き足である左足から蹴られるキックは正確無比、そしてなんといっても抜かれたのを見たことがないタックルの凄さ
この人の試合前のロッカールームで語る言葉に何度も泣かされ、この試合のためなら死んでも良いと思わせる言葉の力に魅了されました
②板井二郎(いたいじろう)
昭和62年卒業、ポジションはフランカー
僕の代の主将だから選んだのではないが、入部した時から彼が自分たちの代の主将になると同期のだれもが認めていた人格者
高校時代は大分代表のLOに選ばれるほどFWプレー、特に下のボールへの仕掛けの速さはピカイチであったし、多くない口数、背中で語るタイプの主将の魅力は、現在、総合商社丸紅で執行役員になっていることからも理解してもらえると思う
③古山裕二(こやまゆうじ)
平成2年度主将、ポジションはフッカー
圧倒的、かつ威圧的な肉体からは想像ができないほどきめ細やかで心優しい主将
彼もしっかりと自分の言葉で自分の思っていることをチーム全員に浸透させることができるタイプであった
当時から成蹊の看板であった強力スクラムの最前線で身体を張り続けた頼もしいプレーヤー
現在は4年生の就職活動において、優しく懇切丁寧な面接指導をしてくれるSRFCの切り札的存在です
④菊池和彦(きくちかずひこ)
平成12年卒業、ポジションはフランカー
印象に残っているのは、入部間もないころの明治大学との練習試合、相手のラフプレーに対して負けずと反撃を仕掛けた図太さを思い出す
主将としてはそれまで8年間負け続け、20世紀中には負けないと豪語していた成城大学に対して20世紀最後の年に死闘を制し勝利を収めた闘志を前面に押し出す姿に感動を覚えてました
いまは、正義感の塊 警視庁の刑事として都内の治安維持に全力を尽くしています
⑤石田航己(いしだこうき)
平成28年卒業、ポジションはNO8)
現在の学生たちがAグループで戦うことができているのも彼らの代が入替戦で勝利を収めてくれたからである
本職はフッカーにもかかわらずチーム事情から慣れないNO8で身体を張り続けチームを鼓舞していた姿を思い出す
忘れられないのは、Bリーグでの大切な一番、成蹊グランドでの明治学院大戦に勝利を収めた後の応援に来ていた方々への挨拶 もともと口下手な彼はいつもは「気を付け 礼!」しか言わないのに、この試合の時だけしっかりと感謝の気持ちと入替戦への決意表明をしており、その時の観客席からの湧き上がるような歓声は今も忘れることがない
ラグビーをしている時は本当に格好良かった・・

やはり主将と言うのはその時のチームの顔そのものであるが、その背負う重圧は我々一部員として所属していたものには想像ができないくらい重いものだと思う
自分の思い描いていたものとは違う結果になってしまった代であったとしても彼らが主将として成蹊ラグビー部に記してきた足跡は決して色褪せることなくいつまでもその時代その時代の一緒に戦ってきた仲間や見守ってくれていた人々の心の中に光り輝いて残っているはずなので、主将経験者はいつでも自信をもって成蹊グランドに同期を引き連れて訪れて欲しいと思っています

2018.7.6
SRFC Taro.S

昨日の試合

投稿日時:2018/06/29(金) 14:20

今回もサッカーW杯の話になってしまうが・・
昨夜の日本vsポーランドの試合 後半の残り10分間の相撲に例えると’無気力’ゲームは相当がっかりした
翌早朝会議を控え寝たいのを我慢してわざわざ起きていたのに時間の無駄だったと感じたのは何も僕だけではなく、新聞やTV報道、ネットニュースなどの評価を観ても大半の人が同じ感想を抱いたようだ

W杯で決勝トーナメントに進出するという目標を掲げた日本代表にとって、同時刻で行われている同グループのもう一つのゲーム状況により戦術が変化するのはやむを得ないこととは思うが、勝てば何でもよいというスタンスはおよそ日本人の精神性とはかけ離れていたと思う

その昔、ルース・ベネディクトという女性が『菊と刀』という著書で日本人について述べているが、彼女に言わせると日本人の特性は「恥の文化」であると断定している
つまり、「恥」とは常に人の目を意識したところに行動の原点があるとしており、人の価値観が変われば恥に対する意識も変わるというものである

昨夜の試合 我々日本人はおそらく、この日本人の文化的特性から一番ほど遠いところの試合展開となったために失望を感じたのだろう

サッカー日本代表の愛称は『SAMURAI BLUE』、侍はその精神性の中で一番大切にしていることは恥であり、その侍たちが恥ずかしい試合をしてしまったものだから我々日本人は我慢がならなかったのである

決勝トーナメントでは、勝ち負けではなく我々日本人が世界に胸を張れるような試合をしてほしい

2018.6.29
SRFC Taro.S

リバウンド・メンタリティ

投稿日時:2018/06/25(月) 15:44

深夜の日本vsセネガルの生中継を興奮しながら観戦していた
先制点を取られるも取り返し、追加点にも落ち込むことなく同点に追いつき’価値あるドロー’により勝ち点1をゲットして決勝トーナメント進出へ大きく前進をした

ネットニュースでもこのW杯関連の記事が多いが、とても気になる言葉が目に留まった
それは『リバウンド・メンタリティ』という言葉であり、関連する記事から察するに『逆境を力に変える精神力・行動力』と置き換えることができると解釈した

前節のコロンビア戦、同点に追いつかれた後の決勝点や、今日のセネガル戦の2つの得点はいずれもこのリバウンド・メンタリティから生み出されたと言っても過言ではない
単なる親善試合ではなく、W杯の本選、しかも世界ランクでもはるか上位の国々に対しての成果なのだ

僕たちのラグビーも、このサッカーも試合が始まればハーフタイム以外は「作戦タイム」などはないので、試合中には選手が試合をコントロールしなくてはならない
監督の選手交代などは、その選手起用により監督のその試合に対する意思表示を感じ取ることはできるが、いずれにしても試合中の大半が選手間の意思疎通によりゲームが進行されている

よくコミュニケーションが大切だと言われているが、試合中の瞬時の判断が求められる時それをあからさまにしている暇などはない
しかしながら、選手同士は阿吽の呼吸ともいえる動きをよく見せる
これは、やはり普段の練習から培ってきた無言とも言えるコミュニケーション能力ではないだろうか
ミスを犯した選手がそのミスを挽回したいと必死になり、それを補うようなプレーを全選手が連動し始める
または、接戦の最中、絶対に負けられないという強い気持ちを誰かが表現することで全員がそれに呼応するようなすごいプレーを連発し始める
これらが発動するときにチームとしてのリバウンド・メンタリティが生まれるのだと思う

成蹊が秋の対抗戦に挑むときには、このリバウンド・メンタリティを如何に発揮させ、それを持続させることができるかが重要なポイントとなろう
それにより今年の戦績は大きく変わってくる

今回のW杯はそういう観点からも見どころがとても多い

2018.6.25
SRFC Taro.S
 

W杯

投稿日時:2018/06/15(金) 14:20

ついにFIFAワールドカップが始まり、オープニングゲームは開催国のロシアがアジアの同胞サウジアラビアを5vs0で圧倒した
サウジアラビアがアジアのカテゴリーにいるのはなんだか馴染めないが、予選リーグは日本と同組2位だったので応援をしていたが残念な形となってしまった
ロシアも石油産油国なので余計な忖度がなかったのかもしれない・・・

サッカーの国際試合を観ていつも感じるのは外人のシュート感覚の鋭敏さだ
得点にならずとも大抵枠をとらえているし、隙あらばどんな遠くからでも積極的に狙ってくる
それに比べ、日本人の狙わないことと言ったら時々腹立たしくなるくらいパス回しに徹してしまう
おそらく、幼少期のコーチングが影響しているのだろう
和を重んじ、突拍子もないプレーは非難され、変な場所や状態からシュートを蹴って外してしまうと叱責されてしまうので段々と周囲との調和を重んじるプレーヤーばかり育ってしまうのだろう
悲しいかな’狩猟民族’と’農耕民族’との違いと割り切るしかない

また、ワールドカップと言うと大概サッカーのワールドカップを連想すると思う
ラグビーW杯を思い浮かべるのはラグビー経験者でもほんの一握りではないだろうか
事実ほとんどのスポーツの国際大会はワールドカップとは言わず、世界選手権(WorldChampionship)と呼んで大会を開催している
1904年に設立されたFIFA(国際サッカー連盟)の設立要領には世界選手権を開催することが記載されており、1928年の総会で大会名称を「ワールドカップ」とすると定め、事実、この名称を世界で最初に用いたスポーツの祭典はサッカーだそうだ
サッカーほど世界中に広まっているスポーツはなく、競技人口も他のスポーツを圧倒しているに違いない

日本代表も19日から予選リーグが始まる
コロンビア、セネガル、ポーランドといずれの国もFIFAランキングでは日本よりはるか上位国ではあるが、マスコミの下馬評を覆し、快進撃を続け、入梅し鬱陶しい気持ちとなっている日本人の気持ちをカラッとさせてほしいものだ

2018.6.15
SRFC Taro.S
 

梅雨

投稿日時:2018/06/06(水) 12:45

とうとう関東地方も梅雨入りしそうだ 誰もがこの梅雨は好きではないと思うけど・・・僕は世界で一番好きではないと自負している
と言う話を友人としていたら、その友人も自分の方がその気持ちは上だということで、どちらの方が梅雨がより一層嫌いなのかという下らない論争をLineでしたばかりだが・・・

梅雨とは、6月から7月中旬、中国の長江下流から朝鮮半島、日本列島(北海道を除く)に出現する雨季であり、中国では「梅雨(メイユー)」、韓国では「長霖(チェンマ)」と呼ばれる東アジア特有の気候である
雑節の一つに入梅と言うのがあり、これは太陽が黄経80度を通過する日であり、毎年6月11日か12日 立春から数えて135日目にあたる

でもなぜ、「梅」と言う言葉が入るのだろうと思って調べてみると
「梅の実が熟すころに降る雨」とか「黴(かび、’ばい’と読む)が生えやすい時期の雨、ただし、黴では語感が良くないので同じ発音の梅を当てた」と言う説などがある また、梅は東アジア特有の植物らしいので、「梅」が充てられたのだろうと思われる

日本ではこの梅雨と言う言葉は江戸時代に中国から伝わってきたが、それ以前は「五月雨」と言っていたらしい
「さ」は陰暦の5月(現在の6月)を示し、「みだれ」は水垂れを意味している
五月雨式なんて言われるが、それは長くだらだらと続くさまを表現しているものである

梅雨は農作物の成長のために必要であることは理解をしているが、できることなら適所に適量で良いのであって、今年の予報のように例年よりもだらだらと長く、しかも雨量が多いというのは止めて欲しいと心底願っている

2018.6.6
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業平忌

投稿日時:2018/05/29(火) 14:35

本当は昨日載せたかったのですが、ドタバタとしてしまい載せずじまいとなってしまいましたが・・・昨日の5月28日は『業平忌』でした

業平とは・・言わずと知れた在原業平(ありわらのなりひら)のことです
在原業平は平安初期の貴族・歌人として六歌仙に名を連ね、桓武天皇に繋がる高貴な血筋であり、「伊勢物語」の主人公である昔男ではないかと言われています・・つまりかなりの色男

そんな色男の業平は時の権力者の愛人に手を出したことで帝の怒りを買い、辺境の地「あずま(今の東京)」に左遷されてしまいました

そんな不遇な境遇にいるときに眺めた風景を歌にしたのが下の一句
「名にしおわば いざ言問わん都鳥 わが思う人ありやなしやと」
これは、都から左遷の途中、今の隅田川近くの湿地帯に着いた業平が見つけた今まで見たことがない鳥の名前を船の渡し役に尋ねたところ、その名前が都鳥と言われていることを知り、都で別れた彼女のことを思いあぐねて詠んだ歌です
この中で使われている言問うという言葉からかの地にかかっている橋の名前を言問橋(隅田川を超す国道6号にある橋)と呼ぶようになり、その橋のたもとにある和菓子屋「向島 言問団子」はあまりにも有名になりました

今でも業平にゆかりのある地にその名前が残っているところがあり、有名なのは墨田区の業平橋ですが、その業平橋近くにあった東武鉄道の駅名が「業平橋駅」から「とうきょうスカイツリー駅」に変わってしまったのはあまりにも風情がなさ過ぎて、おそらくあの世で在原業平も嘆いているのではないでしょうか

深緑の季節、隅田川沿いを散歩しながら業平に想いを寄せ言問団子を食べてみたくなりました

2018.5.29
SRFC Taro.S
 

ヒデキ

投稿日時:2018/05/17(木) 16:48

このコラムのために先日チャプター11(日本で言う民事再生法みたいなもの)の対象となったレスポールギターで有名な『ギブソン社』の事でも書こうと準備をしていた矢先に西城秀樹さんが亡くなったというニュースが流れたので、西城秀樹さん(以後、ヒデキと言います)のことを書きたいと思います

今の現役学生にとっては、もしかしたら知らない人もいるかもしれないけど、僕が小中学生の頃の大スターであり、同級生の大半の女の子がヒデキか郷ひろみのファンであったと言っても良いだろう
当時交換日記をしていた子が私の好きな人はヒデキとか書いてきて、思いっきりショックを受け逆恨みしたこともあったけど・・・

歌謡曲時代のスーパースターであり、また、ヒデキが初めて行ったことは実はとても多く、例えば楽曲に合わせた振付で歌うことを始めたのはヒデキだし、ソロでスタジアムコンサートを初めて行ったのもヒデキである
また、発売当初全く売れなかったソニーのウォークマンをヒデキが雑誌インタビューの際に使用していたことにより爆発的に売れるきっかけを作ったこともある
オールスター運動会・水泳大会もヒデキのためにあったと言っても過言ではなかった
TBSの寺内貫太郎一家と言うドラマでは父親役の作曲家小林亜星に親子喧嘩の際にぶん投げられて腕を骨折したのも有名な話だ・・今だったら大変な騒ぎとなり、TBSの社長の首が吹っ飛んでしまうんではないだろうか

とにかく、僕たちがいわゆる子供の頃の大スターだった

そんなスーパースターも病に打ち勝つことができず63歳と言う若さでこの世を去ることになってしまった

おそらく、ヒデキの懐かしい映像を各TV局が特番を組むと思うので、今の学生達には往年の大スターの在りし日の姿を観てもらい、現在のアイドルと昭和を代表する真のアイドルの違いを理解してもらえたらと思っている

合掌

2018.5.17
SRFC Taro.S

 

雅号のこと

投稿日時:2018/05/10(木) 13:12

NHKの大河ドラマ「せごどん」を毎週楽しみにして観ている
西郷隆盛の終生を描いており、波瀾万丈ながらも産まれるべくして産まれ活躍するべくして活躍した運命の人物だったなぁと感じている
その雅号は『南洲』
奄美大島に流刑となり、南の島を南洲ということよりその雅号を用いるようになったと言われています

さて、この「雅号」を使う風習は中国から伝わったもので、本来は自らが勝手に名乗るものですが、習い事の師匠などから一字をもらうようなこともあるそうです
雅号は、明治時代に戸籍が整い本名以外の名前を持つことが禁止されたことに知識人が反発したことにより流行しましたが、しばらくするとおよそ知識人とは言えない輩(商人や軍人)までもが雅号を使うようになったので、逆に知識人の中では廃れていったようです

皆が良く知る人物の中でもこの雅号が一般的となり、本名が出てくると誰だかわからない人物もいます
たとえば、吉田寅次郎矩方や勝安房守義邦、夏目金之助や森林太郎などは、吉田松陰、勝海舟、夏目漱石、森鴎外のことであり、本名よりも雅号での方が有名になっています

僕も子供の頃、当時流行したポプラ社の「怪人20面相」シリーズ」の小説を友人たちと回し読みする会を作り、それぞれが自分の別名を持って感想文などを書いて発表するようなことをしていたことがあり、その時の僕の別名(雅号)は『江戸川小五郎』としていた
今思い出すとあまりにも安易な発想だが、江戸川乱歩と明智小五郎を掛け合わしたものであり赤面するばかりである

2018.5.11
SRFC Taro.S

 

GW合宿終了して思うこと

投稿日時:2018/05/07(月) 17:05

昨日の神奈川大学戦
Bチームの選手たちが一生懸命戦い52vs0で勝利を収めた
初々しい1年生たちが沢山出場し、それぞれに必死に戦っていた姿はとても微笑ましく、また彼らのさらなる成長を期待する気持ちが高まった

今更の話だけど・・・成蹊の選手たちはみな体が小さい 特に1年生はなおさらだ
秋に戦う対抗戦の強豪校の選手たちと比べたら、表現は悪いが’貧弱さ’は否めない
そんな彼らが対抗戦でしっかりと戦っていくためにも身体作りはもちろんのことだが、小さいなりにその特徴を活かした戦い方も研究して欲しい

その昔、故大西鐡之祐氏が日本代表の監督を引き受けた際に体の小さい日本人が外国人と戦うために生み出した戦法『展開、接近、連続』 を駆使し、AllBlacksJuniorを破ったTestMatchはBigNewsとして世界中に知れ渡り、先のW杯で南アを撃破した以上の衝撃を全世界に与えたと思われる

特に、今年のチームはBKに昨年度のメンバーがほとんど残っているので、彼らの想像力豊かな展開力がもしも発揮されたとしたら秋の対抗戦でも面白い戦い方ができるのではないかと思っている

成蹊版の『展開、接近、連続』を生み出して、対抗戦Aグループで赤黒旋風を巻き起こすことを願っている

2018.5.7
SRFC Taro.S

ラグビー祭

投稿日時:2018/04/27(金) 16:20

今年もラグビー祭の時が訪れる

成蹊のラグビー祭は『桜祭』と称して、毎年4月29日(天皇誕生日、現昭和の日)に行われていた
行われていたとしたのは、今年は偶然に久しぶりに4月29日の開催となったが、何年か前より4月の最終日曜日を開催日としたからだ
ゆとり教育の関係で土曜日が休講日となってしまい、授業日数不足を補うためにGW期間中も変則的に授業が行われることとなった関係から必ずしも4月29日が休みと限らなくなってしまったからである

10年以上前に一度だけ学園から頼まれて学園の桜祭(4月の第1週)に合わせて開催したことがあった
現役側はチーム編成上の理由から、また、OB側は時期的にまだ肌寒いという理由で大変不評だったので翌年からまた元に戻したことがあった

なぜラグビー祭を時期が違うのに桜祭と称しているのかその理由を年輩のOBの方々に問うても明確な回答を得られないが、おそらく過去は学園の桜祭の時期に併せて開催しており、何かのきっかけで天皇誕生日へと移り、名称だけそのまま残っていったのではないかと推察している
まぁ誰でもそう考えるとは思うけど・・・

今年は久しぶりにOBから現役まで学習院(輔仁会)様を招いて各世代間の交流戦が行うことができる
大学の試合は4大学対抗戦であり公式戦である 
しっかりと戦って欲しい

それにしても各世代がしっかりと揃って対戦できる学習院さんには感謝しかない
 

主催者としての僕の願いは、まずは晴れること、そしてやはり怪我人が出ないことである

2018.4.27
SRFC Taro.S


 

財務省の事務次官の騒動について思うこと

投稿日時:2018/04/20(金) 14:50

まずはじめにしっかりと断っておきますが・・・・・『セクハラ」、『パワハラ』等強者の立場を利用して弱者を苛めるような言動は絶対にあってはならないと思っており、特に男性が女性に対し行う「セクハラ」などは男として最低の行為であると考えていることは断っておきます

それらを踏まえ・・・現在国会運営を揺るがしている財務省事務次官のセクハラ騒動(報道)について僕自身の見解を述べてみたい

と言うのも当初の報道ではどこの報道関係の女性記者の話だろうと思っていたところ、麻生財務大臣も「どこのだれかわからないところに言及しようもない」と発言をしたことによって、A社が自社社員に対するセクハラがあったと発表をしたことに対して、正直な気持ちとして「また、A社か・・・」と感じたのだ

なんでそのように思ったのかと言うと、大半の人が忘れていると思うけど、過去(1989年)に珊瑚礁ねつ造事件と言うのがあり、それがA社の報道社員によるものだったということがあったからだ
知らないだろうと思われる人のためにこの事件の概要を説明すると、当時のA新聞の連載企画に「地球の色は何色?」というものがあり、その中で沖縄県西表島の世界最大級の珊瑚礁としてギネス認定を受けている珊瑚礁を撮影に行ったところ、この世界最大級の珊瑚礁が「KY」というローマ字で傷つけられていたことを発見し、発見した記者が新聞の中で日本人の失われたモラル感を徹底的に糾弾したということがあった
しかしながら、地元石垣島のダイバーがその少し前にその珊瑚礁を鑑賞した際にはそんな傷は全くなかったことより、その記者自身が傷つけられたのではないかと問い合わせたことに対して、当初のA社側の対応は知らぬ存ぜぬ、そんなことはないということを繰り返していたのだが、ある日突然に自社の社員(KY氏)が珊瑚礁を傷つけ、記事そのものをねつ造したことを認める発表をしたということがあったのだ

「セクハラ」と「記事の捏造」は次元が違うのではないかと思われる方もいると思うが、僕が問いたいのはA社という企業の体質である
(女性記者が)隠していた録音機器、また、その報告を受けながら被害を受けた女性記者の気持ちを無視し、政権与党に打撃を与えるためだけにタイミングを計ったかのような記事の出し方等々
あの当時もメディアとしてそれまで主流であった新聞報道からTVニュース番組にその主流が移り変わろうとしていたタイミングでの新聞紙上による写真報道によってメディアとしての存在価値を印象付けようという’焦り’があったのだと思う

今回のことも基本的に「反日本国」、「反政権与党」を目指しているようにみえるA社の焦りが一種の偏向報道と思われるような事をしてしまったのだと感じている

以前にも述べたけど、世の中の識者と言われる人は、当然にメディア業界に従事している人も含めて、自身の見解や主張を通そうとするために事実をゆがめたり、曲解を押し付けがちになることが多いので、やはり「報道や出版の自由」という憲法に認めらいる自身の持つ絶対的な力を正当に利用するようにしてほしいと思っている

2018.4.20
SRFC Taro.S

 

俊寛僧都

投稿日時:2018/04/10(火) 11:10

俊寛僧都
ご存知の方もいると思いますが、平家物語の登場人物で平家打倒の密謀の首謀者の1人として、1177年に鬼界ヶ島に流された人物です

密議をしていた場所は京都の鹿ケ谷 京の夏の風物詩である五山送り火の『大』の字が炊かれる山麓の辺りにある俊寛の山荘で行われた密議は平清盛の知ることとなり、後白河法皇に近い人物であった俊寛は打ち首獄門を免れ流刑となってしまいました

流された所は鬼界ヶ島、現在の鹿児島県三島村の硫黄島と言われていますが(有名な東京都の硫黄島ではなく・・)、屋久島の北にある小さな島に流されました

流されたのは俊寛、藤原成経、平康頼の3名
翌年(1178年)島に船が着き、俊寛以外の2名は赦免され都に戻ることになりましたが、密議の張本人とされた俊寛は赦されずに島に残され、絶望の果ての1179年の今日(4月10日)に亡くなりました

この俊寛僧都のことを題材にした歌舞伎に「平家女護島」と言うのがあります 
これは、近松門左衛門の人形浄瑠璃を基に作られたもので、18代目中村勘三郎が流されたと言われる硫黄島で演じたことでも有名です

平家物語は諸行無常、因果応報を伝えています
俊寛僧都は流刑されてからは人が変わったように心を入れ替えて良人となったようですが、都で公家出身の僧侶として権勢をふるっていた時には、いわゆる「嫌な奴」として有名だったようで、その所業により赦免されなかったとも言われています

そんな俊寛僧都の命日に「因果応報」 自身の言動を省みることにしました

2018.4.10
SRFC Taro.S
 

新社会人へ

投稿日時:2018/04/02(月) 09:55

今日は多くの企業で入社式が行われている
先日卒業したラグビー部の学生たちも、これから始まる未知の世界に不安と期待で昂揚感に満たされていることだろう

僕にも当然のことながら新入社員(正確には、銀行員だったので新入行員ではあるが・・)の時があった 
入行式は大阪のフェスティバルホールで行われ、多くの役員の訓話が延々と続くことにまだ学生気分が抜けない自分としては早く終わらないかなぁと退屈に感じていた
しかしその中で一つだけ今でも鮮明に覚えていて、自分もそうなろうと決めた訓話があった
それは、当時の神田副頭取(後に日立造船 副社長)の「内接円と外接円」の話だったが・・・
内容としては、三角形の角を各人の特徴として捉え、その角を削りに削ってしまってその角が収まるような小さな円を描くようになるのではなく、角をどんどん大きくしていき、その大きな角がすっぽりと収まるような大きな円を描けるような人物になって欲しいと言うものであった
自分の中にピンと来るものがあって、それ以来自分の心の中で大切にしている話である

それから、新人時代は本当に良く怒られたし、本音と建前の差によく戸惑った
忘れられないエピソードがある
入行してしばらく経った朝礼で、支店長が「その日の仕事が終わったら、仮に上司が残っていても先に帰って良い」と言う話をされたので、「さすが海外帰りの支店長は言うことが違うな」と思い、これは良い支店長に出会ったなと素直に感じていた
朝礼の話もあったし、これから同期の飲み会もあるから20時過ぎに課の上司の許可をもらって帰ることにして、その支店長に「お先に失礼します」と挨拶に行くと、僕としては「おっご苦労さん」みたいな感じで送り出してくれると思ったら、「お前は支店長がまだ仕事してるのに先に帰るのか!」と突然怒り始め、先に帰って良いと認めた上司と共にその後も散々怒られて、かなり遅くまで残業となってしまい、結局同期会にも参加できなかったことがあった
これ以来、上司の言う言葉を真に受けないように警戒するようになってしまったし、僕が現在も人の話を素直に受け取れなくなってしまったのもこのせいだと思っている

ただ、将来自分がそのような立場になった時に、そうならないように反面教師的な役割を果たしてくれたことはとても良かった

新社会人には、同期や先輩後輩等沢山の人との出会いを大切にし、自分の目標となるような尊敬できる上司に少しでも早く出会うことを願っている

2018.4.2
SRFC Taro.S

 

年度末

投稿日時:2018/03/30(金) 14:45

我々が思い浮かべる年度末は明日(3/31)であり、これは日本独自のものとして一般的には会計年度や学校年度のことを指すが、他にも○○年度と言うのがあり、これらの年度末は必ずしも3月末ではない
たとえば、イモ年度(9月開始)、米穀年度(10月開始)、羊毛年度(7月開始)、醸造年度(7月開始)等々その取り扱われる製品や加工品によって年度は違うようだ

ちなみにアメリカの会計年度は10月、学校年度は9月であり、中国の会計年度は1月、学校年度は9月である

我が国の会計年度が3月末とされているのは、昭和22年施行の財政法に基づいているが、1886年(明治19年)からすでに会計年度の始まりは4月となっていた
明治の財政史によると1869年(明治2年)に会計年度の概念が出来上がり、当初は10月開始だったが、何度か開始月の変遷があり、1886年に現在も続く会計年度となったようである 
その理由は、1番税収の多い時期を検討した結果が4月始まりが一番有効であったからだと言われている

今、その存在が見直されている田中角栄氏が自民党の政調会長時代(1962年)に会計年度を暦年、つまり1月始まりとする議論を始めたが、当時の大蔵省(現 財務省)に完全に否定されて実現しなかったということもあったらしい

そんな会計年度のことに想いを馳せていたら、日本人は1年になんと2回も心機一転の気持ちで迎えることができる都合の良いチャンスを有している民族であることに気が付いた

当然、『1年の計は元旦にあり!』と意気込みながらも、卒業、進級や入学、入社など自身の立場が一転して新しいものとなる4月には元日に思い浮かべた決意とはまた別の決意に満ち溢れることであろう

自分を振り返っても元旦の想定とは若干違う状況になっていたりするので、この機会に修正をしなければならないと思っている

2018.3.30
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桜餅

投稿日時:2018/03/26(月) 10:45

例年よりも10日ほど早く開花宣言が出された桜 今朝 千鳥ヶ淵の桜を観に行ったがすでに満開でした

桜と言えば『桜餅』を連想してしまうけど、この桜餅に「長命寺」と「道明寺」があるのをご存知でしょうか

もともと桜餅は、徳川吉宗公の公園政策によってもたらされたと言われています
当時から大都会であった江戸の大半の土地は武家の所有地であり、築地塀に囲われた殺伐とした風景であったそうだ
それを嫌った吉宗公が庶民の憩いの場を作ろうという御触れをだし、綱吉公時代の生類憐みの令によって大量につくられ、時に放置され荒れ地となっていた広大な犬小屋を取り壊して作られたのが公園の始まりと言われています
隅田川沿いの向島辺りに出向いた吉宗公が、そのあたり一帯があまりにも殺風景なので、川沿いに江戸城内や飛鳥山の桜を移植させ、川沿いが桜並木なったことによりその美しさに庶民が集まるようになったことは江戸各地に桜の名所が生まれるきっかけとなりました
ある時、向島の長命寺の門番が塩漬けされた桜の葉で包んだ餡を詰めた餅を吉宗公に食べてもらったことで、それが江戸の銘菓となり桜餅が一気に日本中に広まったと言われています

江戸で広まった桜餅、関西方面に伝わるうちに元来小麦粉で作っていた餅が大阪では道明寺粉でつくられるようになったことより、関東では桜餅のことを長命寺(ちょうめいじ」)、関西では道明寺(どうみょうじ)と呼ばれるようになった

日本人に愛されている桜の花 その散り際の潔さが日本人の美的感覚と合致しているのだと感じています

今年も道明寺を食べながらその散り際までしっかりと見つめていたいと思っています

2018.3.26
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下手の横好き

投稿日時:2018/03/14(水) 14:10

ことわざに『下手の横好き』というのがある
「趣味などに対して下手ではあるがやたらにそのことを好む」という状態を指す言葉である

一般的に腕前を説明するときに使われるもので「私の将棋は下手の横好きで・・・」のように自虐的に用いる言葉であり、相手にこの言葉を使うのはとても失礼にあたるので注意した方が良いと言われている

でもなぜ「横」なのだろうか・・・気になったので調べてみた
すると、元来「横」という言葉の持つ意味に「見当はずれで無関係」とか「道理に合わない無理を押し通す」というのがあるらしく、どんな事であっても下手なものは一般的に嫌いになり、大勢の人が見ている中では遠慮するのが普通にもかかわらず、「下手がなんで悪い、好きなんだから交ぜてくれよ!」と強引に参加しようとする状況に対して、道理に合わないことを押し通そうとするので「下手の横好き」と言うようになったという説明が出ていたが、言語的並びに学術的根拠はない

僕の考えでは、趣味などをやるにしても、好きなことを1つに集中して深く掘り下げていくタイプと多くのことに対して浅く広くというタイプが居るので、後者の「掘り下げ方」を「横」という言葉で表現したのではないかと思っている

いずれにしても何を始めるにしても「好き」であることはとても大切なことなので、これから迎える新入部員も上手い下手に関係なくラグビー好きが沢山入部してくれることを期待している

2018.3.14
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ラーメン博物館

投稿日時:2018/03/06(火) 10:25

1994年の本日3月6日にオープン
オープン当時 新横浜駅前ではあったが、現在のようにビルが林立するようなところではなくまだ空地も多く、こんなところにこんなものを建てて大丈夫なんだろうかと思っていた

銀行員時代に知り合いとなった知人がこの博物館をプロデュースした関係でオープン記念パーティーに招待され、当時出店していた全てのラーメンを食べつくしてお腹がはちきれそうになった思い出がある

この土地はとある有名な女優の実家の所有地
新横浜駅前の広大な土地に駐車場ビルを建設しようと考えてはいたが、単なる駐車場の建物だけを建てても面白くないという発想から取引先の提案を受け入れ実現させたものである

知人は有名な空間プロデューサーであり、かつてよりすでに日本の代表食なっているラーメンを『日本の文化』として捉え、そのためには博物館を建設してアピールすべきだと考えていたらしい
コンセプトは昭和30年代の日本のどこでも見られた風景 チャルメラの響き 紙芝居の行商、駄菓子屋、朝から夕方へのむかう日暮れ時のライトによる演出などもある

当初 知人は『そうは言っても3年間もてば大成功』と話していたが、現在でははとバスツアーに組み込まれるほど有名な観光地となってしまった

このラーメン博物館がなぜ24年間も続いているかと言うと進化し続けているからだろう
オープン時に僕がお腹いっぱいになった理由として、いろんなお店のラーメンを食べたいと訪れる来場者に応えるような工夫がなされておらず、普通盛りのものを何店も食べ歩かないといけなかったのが、来場者の要望を受け入れ、いわゆる「小盛」を出して、より多くのお店のラーメンを食べることができるように各店舗に工夫させたのも進化の1例だと思うし、オープン当時からもう何店になるだろうか・・全国各地の有名ラーメン店の出店を実現させ、活性化することも忘れていない
また、来場したことのある人はわかると思うが、1階はその名の通り博物館となっており、頻繁にではないが趣向を凝らした展示会なども行っている まさに『博物館』として立派に認知されているのだ

昨年の三沢競技場での青山学院大戦・・・台風直撃 びしょ濡れになったにもかかわらず、ここまで来たのだからとどうしても訪れたい おいしいラーメンを食べて冷えた身体を温めたいと思って盟友O君と向かったが、ものすごく混雑していたので入館をあきらめたことがいまでも残念に思っている

2018.3.6
SRFC Taro.S
 

春が来る

投稿日時:2018/02/28(水) 16:35

今年も早いもので年が明けてから2か月経った
徐々に暖かくなってきていることは実感できている
2月は大雪とかもあったけど、平昌オリンピックにおける日本選手の活躍による興奮と感動でその大半を占めたので心は随分と温まった気がする

明日からは3月 
啓蟄と言う言葉が表すように色々なものがもぞもぞと動き出す月である

春が待ち遠しいという人が多いが、実は僕は春と言う季節は好きではない
元々単純な性格なので、暑いとか寒いとかはっきりせずにポカポカ陽気という何を着たらよいのか迷ってしまうような日が続くのが好きではないのだ

春は桜がきれいに咲いてくれればそれだけで良い

2018.2.28
SRFC GM
Taro.S


 

スローガン

投稿日時:2018/02/19(月) 14:10

今年のスローガンは『GAIN』

この言葉を選んだ意味や主旨はわからないが、ラグビー用語としては「ラン、スクラム、キックなどでボールを前に運び陣地をとること」と協会の用語集に出ていた

英語の辞書を引くと「自らが望んでいるもの(事)を努力して得ること」となっている

僕としては、学生達がこの言葉を選択した真意は後者の意味を理解してのことだと思いたい

この2年間、対抗戦での勝利は0勝
喉の奥から手が出るほど勝利に飢えているチームにとってとても相応しいスローガンだと思う

毎年それなりに考えられたスローガンを掲げてきている
スローガンを掲げるのは簡単であり、学生の自由だが、毎年それを実践できていたかと言うと疑問が生じる

ここ数年で実践できたのは石田航己の代のスローガン『Challenge』くらいではないだろうか

まぁ まだ始まったばかりの新チームなので何も言うことはないけれど・・言葉負けしないように使う言葉の真意をよく理解してそれに恥じないようなチームつくりと結果を残してほしいと思っている

2018.2.19
SRFC Taro.S

Valentine's Day

投稿日時:2018/02/14(水) 09:00

今日2月14日はバレンタインデー
その歴史はローマ帝国時代に遡り、女神ユーローを祝うためのお祭りの日が2月14日だったと言われている

日本では1958年ごろより、あるチョコレート会社やある百貨店の思惑により、いつの間にか女性から男性にチョコレートを贈る日となったようだが、いずれにしてもキリスト教に関わる祭事が日本人は大好きなのでクリスマス(12/25)やハロウィーン(10/31)と共にとても大切な日として発展していった

無粋な話もある
労働法の観点からすると、バレンタインデーの儀式は『環境型セクシャルハラスメント』の温床であり、その危険性を指摘する声もあがっている
性別を理由に一定の義務を課し、本人の意思に反する行為を強要するということが十分にハラスメントの要素を満たすそうである
目線を変えると恐ろしい考え方になってしまうが、社会人を中心としたアンケートでは、このバレンタインデーの儀式は76%の人々が無くなった方が良いと感じているようだ

こんなことを書いていたら、僕が学生時代に同期のU君がバレンタインデーに合わせて、当時渋谷にあったアメカジショップ「バックドロップ」で特注のスタジアムジャンパーを誂えていた
その効果は認められなかったが、彼がそのシーズン そのジャンパーを大事に着ていたことを思い出してしまった
U君はまだあのジャンパー持っているのかなぁ

さて、今年も2月12日からシーズンインをしました
このコラム欄も後継者が見つからないので、また僕が書いていこうと思っています
昨年はちょっと色々と考えることもあっていったんお休みをしましたが、基本的に火曜日と木曜日に投稿していました
でもやってみて思ったのは結構ハードなので今年はそのような規定を作らずに思った時に週1~2回のペースで投稿していこうと思っていますので、お付き合いのほどよろしくお願いいたします

2018.2.14
SRFC Taro.S

おかげさまで

投稿日時:2017/12/19(火) 10:24

ホッとするというのはああいうことなのだろう、熊谷駅まで友人の車で送ってもらう車中では安堵のため息しか出てこなかった

毎年のようにこの時期に立教大との入替戦がある 
定期戦のようになってしまっている 
これほどまで天国と地獄の差が表れる定期戦は世界中のスポーツの中でもあまりないだろう
お互いの意地とプライドを賭けた80分間の闘いは観ている者の気持ちも当然熱くさせる

試合後に牛山主将が流していた涙は安堵感から湧き出てきた涙であり、人生で初めて流した嬉し涙ではないだろうか

彼は最低限の役割を果たせたと述べていたが、それは全然違っていて・・彼は最高の役割を果たしたのだ

お疲れ様と言う言葉しか思いつかない

おかげさまで今年も清々しい気分で新しい年を迎えることができます

本当にありがとう

ps
成蹊コラム 年内はこれで最終回といたします
途中1回お休みしてましたが、週2回のペースで何とか投稿できました
ご精読ありがとうございました 
皆様 健康に気を付けて良い年をお迎えください

2017.12.19
SRFC Taro.S

年賀状

投稿日時:2017/12/15(金) 09:00

やらなくてはならないと思っていても後回しになってしまうのが年賀状である
今年もその季節がやってきた

最近の若者は書状(葉書)で年賀状を出すこともなく代わりにSNSなどが主流となっているようだし、年配の方々も翌年以降年賀状を出さない宣言される方が増えてきているようで、そのピークは2003年の44億5936万枚であり、2015年度は30億2285万枚とな減少傾向にあるようだ

新年の挨拶は古く奈良時代からの風習らしく平安時代には貴族などの間で遠方の知人への挨拶代わりに文書による年始あいさつが行われていたという記録がある 
江戸時代には飛脚や使用人を使う文書による挨拶は一般化し、1887年に年賀状を出すことが国民の年末年始行事の1つとして定着した このことは日本の郵便制度が確立されたことを意味している

現在、日本郵便は年賀状を「年賀特別郵便」として特殊取扱の上12月16日から12月28日までに年賀記されて投函されたものは配達局で1月1日まで留め置くことをしているが、これはあくまでもサービスの一環である

風物詩としてアルバイトの高校生が自転車などに乗って一斉に年賀状を配達する光景が元旦のTVニュースで映し出されていたがそれも遠い昔となってしまった
僕がコーチをしていた時には、学生に対して監督コーチ陣にはちゃんと年賀状を出すように指示をして、それぞれの自宅住所を記したものを学生に配ったりしていたが、あの当時だから学生も渋々ながら引き受けてくれたものだが、今ではそのようなことを言うのが憚れるほど通信手段が変わってきてしまっている


新年を迎える準備の一つとして年賀状を書きながらその人に対して募る想いも湧いてくると思うので僕はいつまでも年賀状を出すことは大切にしていきたいと思っている

2017.12.15
SRFC Taro.S

行き過ぎてしまうと・・・

投稿日時:2017/12/12(火) 09:01

子供の頃に読んだ「ちびくろサンボ(The Story of Little Black Sambo)」が、黒人差別につながるということで1988年の今日12月12日に出版元である岩波書店が絶版にしたという記事が出ていた

ちびくろサンボの話の内容は、おしゃれをして出かけたサンボが密林で次々と出会った虎に洋服や傘などを奪われてしまい、ついにはあげる物がなくなってしまい命を奪われそうになり木の上に逃げたところ、それぞれを奪った虎が全部自分のものにしようとしてその木の周りをぐるぐる回っているうちに(虎が)バターになってしまったので、サンボはそのバターを家に持ち帰りホットケーキ(パンケーキ)を作り、家族みんなで沢山のホットケーキを食べました、という何でもない話である
実は続編もあって、その続編も猿に誘拐された双子の弟を救うためにサンボが大鷲と協力して猿から2人の弟を救い、サンボ家で食べようと思っていた羊肉を大鷲と分けて食べて、めでたしめでたし・・という内容だ

子供の時に読んだ記憶では、お腹いっぱいに沢山のホットケーキを食べることができたサンボが羨ましく思っただけで、自分もその日に母親にせがんでホットケーキを食べさせてもらったくらいである

この話のどこが黒人差別につながるのかいまでもさっぱりわからないが、1970年代から始まった公民権運動の余波だという説明があった
この余波のおかげで、カルピスのキャラクターデザインやタカラのだっこちゃんまでが黒人差別と言うことで世の中から消えてしまった

誤解しないでほしいのは、僕は人種差別の助長が良しと言っているのではない 曲解がいつの間にかに社会正義となっていくことの恐ろしさを述べているのだ

あの童話を読み、カルピスの広告を見て、タカラのだっこちゃんを腕に巻いていた子供たちの中でこの童話の内容について誰が黒人並びに人種差別と直感しただろう

おそらく皆無だろう

時に世の中で識者と言われる人たちは自論を展開し理解を得るためには極端に見解を曲げてしまうことが多々ある

その内容が正しいのかどうか、また、自身の見解と比べて許容できるのかどうかはすべて本人の資質の問題であるが、現代においてその判断基準となるのは新聞TVなどの報道やネット上の情報となっていることが大半だ

流される人が悪いと言ってしまえばそうなのだが、世の中の流れの中で「行き過ぎてしまっている」ことに対して、AI知能を利用してそれらが正しく判断できるような装置が発明されることを期待したい

2017.12.12
SRFC Taro.S

現役に拘る・・・

投稿日時:2017/12/08(金) 13:30

現役に拘っているベテランスポーツ選手ですぐ思い浮かべるのはサッカーのKingカズこと三浦知良氏(50歳)とスキージャンプのレジェンド葛西紀明氏(45歳)だ

この2人がなぜ現役に拘っている・・・’こだわる’という表現は失礼な表現かもしれないので、言い換えるとしたら’現役で居続けている’のかを考えてみると、思い残したこと、やり残したことがあるからだろう

三浦カズは、社会人リーグ(読売クラブ所属)時代の低迷期からJリーグ発足以来ずっと日本サッカー界を牽引し、人気実力共に第1人者であった
そんな彼が唯一出場していないのがサッカーW杯である
ドーハの悲劇の主人公であり、ジョホールバルの歓喜の輪の中にはいたが日本代表が初参加となったW杯フランス大会直前に代表から外された

レジェンド葛西も長野オリンピックのスキージャンプ団体において直前にそのメンバーから外された 個人ノーマルヒルの選手には選ばれていたにも関わらずである
選ばれた日の丸飛行隊のメンバーは原田・舟木・斉藤・岡部の4名、金メダルを獲得したメンバーの名前は20年近くたった今でもそれはすらすらと出てくる

カズはあの当時の日本中のサッカー選手の中で誰よりも一番W杯に出場したかったはずだったろうし、葛西選手も4人のメンバーのうちの1人として首から金メダルを下げたかったはずだ

2人はそれぞれの競技において沢山の偉業を達成しているし、すでに栄誉も称えられている
現役を辞めてもその色は褪せることがないにもかかわらずいまだにプレーヤーとして現役で居続けている

2人がその真意を話すことはないだろう
しかし、ここまでくるとどこまでも続けてもらい、カズにはW杯メンバーに実力で選ばれて欲しいと思うし、葛西選手には冬季オリンピックが次に日本で開催されるまで現役として金メダルを獲得して欲しいと思っている

2017.12.8
SRFC Taro.S





 

とある言葉

投稿日時:2017/12/05(火) 13:05

『好きこそ物の上手なれ』という故事がある
自分の好きなことをやっている人には勝てないという意味である

同じような表現は英語でも中国語(漢文)でもある
<英語>
who likes not his business,his business likes not him
仕事を好きではない人は仕事からも愛されない
<漢文>
子曰 知之者不如好之者、好之者不如楽之者
物事の存在やその姿を知っている人は知らない人よりも優れているが、そのことを心から愛し、楽しんでやっている人には適わない

今度の入替戦(12/16)のことを考えていると色々なことをしてしまう
自分なりに相手のビデオを観ながら戦力分析をしてなるべく多くの安心材料を得ようとしたり、全敗のチームと全勝のチームの勢いの差はどのくらいあるのだろうだったり・・・
昨シーズンの劇的な勝利、立教からすれば『最悪の結果』であり、その思いは絶対に忘れていないはず
その思いを打ち返せるだけの力を出せるのか・・等々気になることはいくらでも出てくる

そういうことを考えていたら、冒頭の言葉を思い出したのである

ラグビーをよく知っているということからするとおそらく立教の方がそのレベルは高いだろう
Bグループながらもスポーツ推薦制度で花園経験者が多数在籍している彼らと成蹊のそれでは圧倒的に経験値に差がある

だけど、ラグビーを愛していると行くことで考えたら成蹊の方がはるかに勝っているところが多いと感じている

16日はその大好きなラグビーで思う存分その気持ちを表現して欲しい

2017.12.5
SRFC Taro

大相撲の騒動に思うこと

投稿日時:2017/12/01(金) 15:20

日馬富士が引退をした 
個人的には当然という考えを有しているし、貴乃花親方を悪者扱いしようとしている大相撲協会とマスコミにも違和感を感じる

そもそも大相撲があたかも国技であるかのように報道されているが、以前にこのコラムの中で述べたように日本には国技と言う規定はないので、当然のことながら”相撲”は国技ではない ましてや大相撲はプロの興業なので国技にはなりえない 過去の事件等を考えると今回の事件により「公益財団法人」としての資格でさえ剥奪されるべきだと思っている

昔から運動部気質(体育会気質)と言うのがあって、僕らの時代はそれが当たり前のようなことが確かにあった
僕自身も大学1年生の春合宿中に先輩から理不尽なことで殴られ、悔しくてトイレに入って水を流しながら泣いたことを思い出す 
当時の運動部では1年生は奴隷で4年生は天皇と言ことが平気でまかり通っていた時代であり、なんでもかんでも集団で責任を取らされ、練習後にEndllesで走らされる”しぼり(悪阻祖練習 おそそれん)”があった
まぁ・・あのことが同級生としての連帯感が生まれるきっかけとなったことは否定しないし、いまでは良い思い出となり忘年会で必ず話題となったりはしているが・・・でも殴ってきた先輩のことはいまでも覚えているし好きではない・・・

そんな風潮も今から20年くらい前から運動部でも廃れてきていた
そんなことをしていたらまず部員は入ってこないし、それが強さと密接につながらないことが周知のこととなってきたからだろう
つまり根性論では通用しない時代に一般的な運動部の世界ではなってきているのだ

にもかかわらず大相撲の世界は旧態然としたままだった 
何年か前に弟子を”かわいがり”過ぎて死者まで出してしまったにもかかわらずである

今回、貴乃花親方の言動が大相撲の世界では受け入れられない「変わり者」として取扱われ、世論を巧みに味方に引き寄せようと(大相撲協会やマスコミは)しているが、親方通しの話し合いで片を付けようとしている姿勢は、まるで反社会的勢力の話のつけ方と同じであり、それこそ世間の常識とはかけ離れたところにあると思っている

大相撲を国技としてどうしても名乗りたいのであれば、コンプライアンスの観点とガバナンスを利かせるという意味からも協会内部の人員構成の大半を外部の有識者で締めるような形にしないとあの体質は永遠に変わらないような気がしてならない

そういうことを考えながら、改めて成蹊ラグビー部をみてみると4年生が率先して練習器具等の準備をしたり後片付けをしている姿は、時代の流れとは言え素晴らしい姿だと思ってる

2017.12.1
SRFC Taro.S

 

ゾーンに入る

投稿日時:2017/11/28(火) 14:25

ここ一番!と言う場面で自分の力を最大限に発揮しなくてはならないときやってきた

僕にとっては毎年のことだから”慣れ”ていると思いたいが・・・やはり心中穏やかではない

選手たちにとって『集中しなくては・・・』と思っても集中できないことが多々あると思うが、それは顕在意識と潜在意識に大きな自覚の違いがあるからなのだと思う

まるで自分ではないような力や能力を発揮している状態を心理学的には『ゾーン』というらしい
未体験ゾーンなどと言われているのがそれだ
意識的にゾーン状態に入るのは難しいと思うが、俗にいうイメージトレーニングを重ねることは意識的にゾーン状態に入ることになるようだ

イメージトレーニングの中でも重要なのは成功パターンをイメージすることだ
WTBならボールが回ってきてトライをするシーンを思い浮かべたり、ラインアウトのスローイングからしっかりとジャンパーがキャッチしてモールを組んで押し込んでトライを取るシーンや相手の選手が走ってくるところを強烈なタックルで向こう側に押し倒しているシーンを連想する
このことだけで意識的にゾーンに入ることができるらしい
もう一つ意識的にゾーン状態に入れることとして大切なのは目標を明確にすることだ
全体的には立教大に絶対に負けない!という明確な目標を持つことであり、個人は対面に絶対に勝つ、BKなら抜かれないとかFWだったらスクラムで押しまくるとか単純明快な目標を立てることが大切である

あとは意識的にゾーン状態になるルーティンワークもあった方が良い 
たとえば・・チーム全員で手をつないでグランドに入っていくようなことでスイッチが入ると思う

それから、緊張をプラスに変えることも大切だ
緊張感・・というとマイナスなイメージを持つが、これは失敗が緊張と密接な関係にあると思うことから生まれてくるイメージだと思う
過度な緊張ではなく適度な緊張は目的を達成するためには必要な要素であると思う

12月16日 選手たちは間違いなく緊張すると思う なぜならば絶対に負けられない戦いに臨まなくてはならないからなのだが、逆にこんなに緊張感あふれるゲームに出場できる喜びはほかにないと思うし、二度と経験できないことだと思う
そんな喜びを表現できたら最高だ

2017.11.28
SRFC Taro.S
 

SDGs

投稿日時:2017/11/24(金) 09:05

先日参加したセミナーで『SDGs』について勉強したので少し披露したい
SDGsとは
Sustainable(持続可能な)
Development(開発)
Goals(目標)
のことであり、193の国連加盟国が国連総会で決めた持続可能な世界を目指す17分野の国際的な目標のことである
Developmentは開発と言う解釈よりも”発展”という方がニュアンス的には合っているような気がするが・・・

17のGoal(目標)は以下の通り
目標1(貧困)、目標2(飢餓)、目標3(保健)、目標4(教育)、目標5(ジェンダー)、目標6(水・衛生)、目標7(エネルギー)、目標8(経済成長と雇用)、目標9(インフラ、産業化、イノベーション)、目標10(不平等)、目標11(持続可能な都市)、目標12(持続可能な生産と消費)、目標13(気候変動)、目標14(海洋資源)、目標15(陸上資源)、目標16(平和)、目標17(実施手段)
それぞれに詳細な目標設定がなされている
例えば、目標1(貧困)は「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる」となっており、その具体的な内容として米$1.25未満/日で生活する人口の割合を1990年の水準の半数に減少させるというようになっている

これらを2030年までに達成すべく国連加盟国の全ての国で包括的にお互い関連して手段を講じていくとしている

我が国も2016年5月に推進本部を設置、同年9月に推進円卓会議を開きビジョンを策定した
日本政府のビジョンは
『持続可能で強靭、そして誰一人取り残されない、経済、社会、環境の総合的向上が実現された未来への先駆者を目指す』

このビジョンのもと17Goalsを8つの優先課題に編成し、実施指針の概念としている
<People>
①あらゆる人々の活躍の推進
②健康・長寿の達成
<Prosperity>
③成長市場の創出、地域活性化、科学技術のイノベーション
④持続可能で強靭な国土と質の高いインフラの整備
<Planet>
⑤省・再生エネルギー、気候変動対策、循環型社会
⑥生物多様性、森林、海洋等の環境保全
<Peace>
⑦平和と安全・安心社会の実現
<Partnership>
⑧SDGs実施推進の体制の手段

2030年が最終Goalであるということは今の現役たちがその推進の中心的な役割を果たしていくと思われる

この機会にSDGsについて興味を持って研究し、自分たちでやれることがあれば実践していって欲しいと思っている

2017.11.24
SRFC Taro.S

半チャンラーメン

投稿日時:2017/11/21(火) 11:14

半チャンラーメンが衰退しているという記事が東洋経済ONLINEに出ていた

半チャンラーメンと言うと思いだされるのは神保町の『さぶちゃん』だ

本好きの僕にとって神保町はありとあらゆるジャンルの本が揃っている素敵な街なのだが、神保町に行くたびにさぶちゃんに通っていた
シンプルな醤油ラーメンとちゃんと炒めてあるチャーハンが絶妙だったのだが、この11月に閉店となってしまった

さぶちゃんが閉店となった理由は親父さんが歳を取ってしまったからなのだろうが、一般的にはさぶちゃんのような『町中華屋(どこの町にでもある普通の中華料理屋さん)』は後継者不足に陥っているようだ
最近流行のラーメン屋のサイドメニューではしっかりと調理しなくてはならないチャーハンは少なくなり、どちらかと言うとチャーシュー丼のような手間がかからないものを”売り”に見せている店が多くなってきたが、後継者不足がその一因となっているのだろう
料理にひと手間加えることができるいわゆる職人さんが確保できないのだ

衰退しているもう一つの理由は、糖質制限ブームらしい 
ラーメンとチャーハンの組み合わせは最悪で炭水化物の摂取過剰が健康を害していると言われている
でも、過剰な摂取は別に炭水化物じゃなくても体には悪いはずであり、なんでもかんでも過剰反応しすぎるのだと思う 
長い間、『米』を主食としている我々日本人が健康を害するようになったのは古来の食習慣よりも欧米化されジャンクフードが増えてきたからであって 炭水化物が原因ではないはずなのだ
そこら辺をしっかりと行政の単位で牽制していかないと日本独自の食文化が廃れていってしまうと危惧している

僕が学生の頃、学校のそばにも福寿軒という店があった 客が目の前に座っているにも関わらずしょっちゅう親子喧嘩している店だったがここもなくなってしまった

練習後に値段を気にせず後輩とかを連れて行けるような町中華の存在がなくなってしまうのはとても残念である

町中華が日本の食文化かどうかは別にして誰からも愛されてきた存在であることは間違いないので、今残っているそういうお店は何とか頑張ってもらって町の原風景としていつまでも残っていって欲しいと願っている

2017.11.21
SRFC Taro.S
 

やるときゃやる

投稿日時:2017/11/14(火) 13:20

一昨日の敗戦により入替戦が避けられなくなった
あとは、ブービーなのかメーカーなのかだが・・うち以外の当該校はいずれも2試合残しているので明確な得失点差は出ないが、うちが日体大戦に勝利を収めない限りいくら計算してもしょうがないことではある
まずは、日体大にしっかりと勝ってほしい

もしかしたら以前にもこのコラムの中で述べたかもしれないが、主観を述べれば、成蹊はAグループに所属していようとBグループだろうと入替戦は避けられないチームだと思っている

大切なのは残留してAグループに居続けることである

文武両道などと格好の良いことを言うつもりはないが、合宿所もなく、スポーツ推薦なんて夢のまた夢・・・部員集めに苦労をし、当然だけど授業優先で練習開始は18時を過ぎてからで21時には部室を出なければならない練習環境の中で本当に学生たちはよくやっていると思う

それでも自分たちがやってきたことを証明するには勝つしかないのである

勝たない限り全てが言い訳になってしまう

成蹊ラグビーの良いところは挙げればきりがないが、やはり究極的には「やるときゃやる!!」という火事場の馬鹿力があるところだろう 昨年度の入替戦も80分間負け続けていて、ラストチャンスに勝利をもぎ取った

この風土は脈々と続く成蹊の伝統だと断定できる 
なぜならば、今から30年前に卒業した我々の同期の間では最終学年の時に回していた日記(部誌)があり、その中で帝京戦を前にした土田士朗さん(L.O)の部誌にはその一面を使って 「やるときゃやる!!板井が成蹊に来てよかったと言わせます!」とだけ書いてあった 
その言葉の通り、我々はラストワンプレーで帝京大に勝利を収めた

当時からこの言葉は成蹊の中で生き続けているのだと思う

成蹊は最後には絶対に勝つのだ やるときゃやるのだ!!

自分たちを信じて闘って欲しい

注記
1.土田さんは僕たちの代で卒業しましたが本当は1つ上の先輩なのでさん付けしております
2.板井は僕たちの代の主将で、大分上野丘高校出身なのでこの表現になっています

2017.11.14
SRFC Taro.S  
 

11月10日 Wikipedia

投稿日時:2017/11/10(金) 09:05

ぼくのこのコラムにおける題材探しは、日経新聞を読みながら思いつくことやWikipediaの投稿日(○月××日)の出来事から思いつくことを書き連ねているのだが、そんな調子でいつものようにwikipediaで11月10日を眺めていたら、この日は結構色々なことが起こった日であることが判った

忌日としては森繁久彌さん(2009年)、森光子さん(2012年)、高倉健さん(2014年)がこの日に亡くなられていることが判った
いずれも「超」がつく日本を代表する芸能人が同じ日に亡くなられていることに偶然ではない何かを感じたが、やはり人はどうやら同じことを思うようで・・・「11月10日の呪い」と芸能界では言われているそうだ

歴史的な出来事もこの日にあった
『ベルリンの壁崩壊』も1989年のこの日
多くのベルリン市民が壁によじ登りハンマーで壁を叩き壊している様子がTV中継で映し出された光景は今でも忘れることができない
俗に言われていた「東側諸国」の中でも旧ソ連に次ぐ強国東ドイツの崩壊は1991年のソ連崩壊に繋がっていった象徴的な出来事だった

また、こんなことも11月10日だったのかと思い出されることがあった・・・いつものようにラジオの深夜放送を聴きながら本を読んでいたら突然に悲しいクラシック音楽(後で調べたら、チャイコフスキーの「悲愴」と言う曲だった)が流れてきた 
今まで快調にしゃべっていたDJも何も言わずに流したままだったが、しばらくすると、DJではない別の人の声で「いまソ連邦国営モスクワ放送から突然この音楽が流れてきました ソ連で何かが起きたのかもしれません 何が起こったのかは不明です」というアナウンスがあり、そのあとすぐにDJが普段通りに進行をしていったことがあった
何が起こったのかとTVをつけてみたが、テロップで同じことを流しているだけで何もわからなかったが、翌日の新聞の1面にソ連邦の書記長であるブレジネフ氏(1982年)が亡くなったと大きく報じられていた

あの当時のソ連邦書記長と言うと、米国を中心とした西側諸国との「冷たい戦争」を強力に推し進め、どこでもだれでも暗殺してしまう『悪の親玉』的な存在で怖いものは何もなく、今にも世界を2分して核戦争を始めそうな雰囲気を持っていた
そんな人が亡くなったというニュースは世界の一大事な出来事であったが、それを押し隠しながらも何かしらの表現方法として悲しいクラシック音楽を流すようなソ連邦と言う国家体質に衝撃を受けたことを覚えている

当時はTVもアナログ放送(別にアナログと認識していたこともなかった)だけ、当然にインターネットなんかは想像以前の世界であり、現代のように瞬時に世界中に情報が駆け巡ると言う時代ではなかった
それだけに誰もが今以上に色々なことに対して情報感度を広くし、それを追い求め、かつ得た情報に対して鋭く自己分析していたように思う

便利になることはもしかしたら人間自身の退化に繋がっていってしまうのではないかと11月10日のwikipediaから感じてしまった

2017.11.10
SRFC Taro.S

熱海

投稿日時:2017/11/07(火) 12:05

最近仕事で熱海を訪れることが多い

東京からのアクセスは新幹線「こだま」で45分、車だと混み具合にもよるが大体2時間弱で着くことができるので昭和の時代は新婚旅行のメッカであり、また今はほぼ絶滅した「社内旅行」の定番の地であったが、1990年代以降旅行形態が団体から個人へと移行し、バブル崩壊後の対応も後手に回り、宿泊施設の減少と共に観光客数も減少傾向である

日本大百科全書によると・・・平安、鎌倉の頃には阿多美郷と言われ、温泉地としてのその由来は古く仁賢天皇(在位西暦488-498年)の頃より海中から熱湯が湧き出ているところとしての「熱海」という地名の起源とされており、1597年には徳川家康が入湯して以来、将軍家の温泉場として繁栄をしていた
温泉の源泉数は300を超え、毎分1万リットルを超える温泉が湧水し泉質も単純温泉、塩化物泉や硫酸泉水など多種多様だそうだ

尾崎紅葉の小説「金色夜叉」の寛一・お宮の舞台のお宮の松、熱海梅園、MOA美術館(国宝多数)、双柿舎(坪内逍遥ゆかり)など豊富な観光資源を有するので富士伊豆箱根国立公園の中心地的な役割を果たしている

車で行くことが多いが、道路状況を見て真鶴経由の海沿いを道を通ったり、箱根ターンパイクなど芦ノ湖と富士山を眺望できる道を選んだりと存分にドライブを楽しめることがその理由だ

ドライブ途中には石橋山古戦場や源範頼終焉の地など源氏ゆかり場所も多く、歴史探訪もできてミカン狩りなども楽しむことができる熱海界隈の素晴らしさを皆にもっと理解をしてもらい、かつてのように多くの観光客で賑わうような場所として復活して欲しいと思っている

2017.11.7
SRFC Taro.S

 

文化の日

投稿日時:2017/11/03(金) 09:05

今日は文化の日

1948年7月20日施行の祝日法、正式には「国民の祝日に関する法律」では、その第2条(内容) 国民の祝日を次のように定めるとあり、文化の日を「自由と平和を愛し、文化を進める」としている

11月3日は1946年に日本国憲法が公布された日でもあり、もともとは明治節 つまり明治天皇の誕生日として1947年まで休日となっていた

憲法記念日として5月3日が祝日となっているではないかと思われる方もいると思うが、5月3日は1946年11月3日に公布された日本国憲法が施行された日である

公布と施行の違いを説明すると
公布は、成立した法律を周知させることを目的として国民が知ることができる状態にすること
施行は、法律の効力が現実的に発動し、作用すること
この周知させるための期間は法律の内容によって半年であったり、1年だったり、中には2年後と言うのもあるが、祝日法に限って言うと公布と施行は同じ日だったようだ

文化と言う言葉を広辞苑で調べると
①文徳で民を強化すること
②世の中が開けて生活が便利になること
③人間が自然に手を加えて形成してきた物心両面の成果
文明とほぼ同義に用いられることが多いが、西洋では人間の精神的生活にかかわるものを文化と呼び、技術的発展のニュアンスが強いと文明と区別する
と書いてある

さて・・・自分の中で「文化」という言葉は文化的という用語の中で使うことはあるもののその内容を深く考えたことはなかったし、ラグビー部、つまり体育会系出身の自分にとっては文化を「文科系」という言葉の中でひとくくりにしてしまい、自分とは真反対にあることを取り組んでいる存在として認識していたし、学生時代に文化祭という行事に参加したことがなかったが、その真意とはかけ離れた理解であることに気づいた

この機会に自分にとって『文化』とは何かということを、広辞苑の説明に沿って考えてみたいと思った文化の日となりました

2017.11.3
SRFC Taro.S

木枯らし・・・

投稿日時:2017/10/31(火) 13:57

木枯らしというと僕より上の世代は「木枯らし紋次郎」となり、懐かしい思いに耽る先輩方は多いと思う

ちなみに木枯らし紋次郎とは、笹沢佐保の原作をもとに1972年の元日から放送された江戸時代(天保年間)を舞台にした股旅渡世人を主人公とした時代劇であり、上州新田郡三日月村(現在の群馬県太田市)生まれ、ぼろぼろの三度笠(妻折笠)に薄汚い道中合羽を纏い、口端に長い楊枝を加え、揉め事で助けを求めらえると『あっしには関わりのないことでござんす』という決まり台詞と共に中村敦夫を一躍トップスターに押し上げ、上条恒彦が唄う主題歌「だれかが風の中で」のフレーズを思い起こすことができる昭和を代表する大ヒットした昔懐かしいTVドラマである 

が、ここで述べたい木枯らしは、昨日吹いた『木枯らし1号』のことである

木枯らし1号とは西高東低、つまり冬型の気圧配置となり、その年に初めて吹く北寄りのやや強い風の事であり東京地方と近畿地方のみで発表されるものである 1号があるなら2号もありそうだが2号以降の発表はしないそうだ

東京の木枯らし1号の基準は
<期間>10月半ば~11月末
<気圧配置>西高東低の冬型の気圧配置
<風向>西北西~北
<風速>最大風速8m/s
となっており、今までで一番早いのは10月13日、逆に一番遅いのは11月28日だそうで、今年は例年より10日ほど早いとのこと

木枯らしのイメージは深まる秋を感じながら道端の落ち葉を吹き散らかす情景に冬の訪れを予感させるものだが、そうなると今年は秋がなかったなぁとしみじみと思ってしまう
8月の長雨から続き、週末ごとに訪れた台風のイメージが強いせいだろうが今年の対抗戦は10/1の慶応戦を除けば全部雨中での戦いだったこともその思いを強くさせているのかもしれない

ラグビーはどんな天気でも戦わざるを得ないスポーツであるという自覚はあるものの、やはり秋晴れの気持ちの良い天気の下で学生達には戦って欲しいと思っている

残りの3試合 好天の下、目標を達成すべくUNITEし日ごろの練習の成果を発揮して欲しい

2017.10.31
SRFC Taro.S

広辞苑

投稿日時:2017/10/27(金) 09:00

先日『広辞苑』が改訂されるというニュースがあった
来年2018年1月12日に第七版として発行されるとのことで、今回は第六版(2008年発行)より約1万語を追加し25万語を収録しているそうだ

広辞苑は1935年博文館から出版された「辞苑」の改訂作業を引き継ぎ、岩波書店を発行元として書名を今の名前に改めて1955年に初版されたもので、中型国語辞典としては三省堂の「大辞林」と並んで有名である
第六版のものは37万部も売れ、初版からの累計では1,180万部も売れていることからロングセラー商品であると言える

時事用語を多く扱う「現代用語の基礎知識」や「イミダス」のように新語を毎年追加していく性質の書籍ではないので、改訂時に採用される新語については若者言葉が一般的に日本語として定着していることを目安としているとのことで、今回追加された言葉をいくつか挙げると、「上から目線」、「のりのり」、「アプリ」、「ツイート」、「ブラック企業」、「限界集落」、「ips細胞」、「ゲリラ豪雨」、「高倉健(故人)」、「ジョブス(故人)」などが追加されているらしい

辞典の編纂作業は、三浦しをんさんの「舟を編む」という小説があるので興味がある人は読んでほしいが、数多な言葉を一つ一つ洗い出し、意味や使われ方を見直し、載せる言葉がどうかを決めていくという膨大な作業となるので、今回の広辞苑を見ても分かるように改訂には7~10年もの期間を要する

電子辞書の中に複数の辞書の一つとして収録されており、携帯電子機器として所有している人もいると思うが、この膨大な作業の大変さを考えると是非とも書店で買ってあげて欲しいと思ってしまう

※三浦しをん 「舟を編む」について
<あらすじ>
ある出版社に勤める営業部に所属している主人公は変人として部内では持て余され気味だったが、新しい辞書の編纂メンバーとして辞書編集部に異動となり、個性的な人々との出会いの中で主人公は辞書の世界に没頭するようになる
言葉と言う絆を得て主人公たちの人生が優しく編み上げられていく中で元来人付き合いが苦手の主人公の恋の行方や問題山積の辞書編集部で果たして新しい辞書は完成するのか
<お勧めの理由>
2012年本屋大賞に輝き、2013年松田龍平、オダギリジョー、宮崎あおいが主演となって映画化もされていますがぜひ原作を読んでほしいです
読書などに縁のない人でも、言葉への敬意や不完全な人間たちへの愛おしさを謳いあげている小説なので「本好き」のきっかけとなってくれれば良いと思っています

2017.10.27
SRFC Taro.S
 

これからです

投稿日時:2017/10/24(火) 09:00

先日の青山学院大戦 それにしても残念だった

大げさな表現かもしれないけど、千載一遇のチャンスを逃したような気がする

前半終了間際のトライが最後まで響いた感じとなってしまった

とは言え・・・春の練習試合では21vs59、昨年の対抗戦では3vs21 どちらかと言うと歯が立たないイメージの結果しか残せていない相手に対して、対抗戦の本番で最後の最後まで諦めずに果敢に攻め続け勝っても不思議ではないゲーム展開をしてくれた学生の闘志には敬意を表したい

おそらく今のこの時でも選手一人ひとりに「あのときのサインは違ったかも・・・」、とか「あのときああ動いていれば・・・・」のような悔いが残っているだろう
僕の経験から言うと、その思いは一生忘れ去ることができず、事あるごとにいつまでも後悔の念は付き纏うが、それも長い年月を経て自分自身や同期の中で共有できる思い出として残るはずなので大切に心の中にしまっておいてほしいと思う

大切なのはできる限り同じ失敗を繰り返さないこと 
この4試合でかなり良い経験を積めたはずなので、対抗戦の残り3試合、早稲田、筑波、日体という伝統校との戦いをしっかりと青学戦での反省を活かし、自分たちがやってきたことが試合で表現できるようにやっていって欲しい

牛山主将が先頭で身体を張り続け、4年生もフィフティーン中半分近く出場しながらもBKを中心に若手の選手が活躍している今の成蹊は、春先と比べたら格段に進化をしている

選手たちには自信をもって戦ってほしいと心底思っている

2017.10.24
SRFC Taro.S



 

企業の不正について思うこと

投稿日時:2017/10/20(金) 11:00

大企業の不正発覚が相次いでいる

神戸製鋼所、日産自動車など企業ぐるみによる不正行為は、続伸基調の日経株価の牽引者である海外投資家の動向を鈍らせる懸念があり、順調に回復を続けている日本経済の成長に陰りを生んでしまうのではないかと心配になる

その原因について、個人的には平成15年より全上場企業に義務付けられた四半期決算開示に対する一部の投資家の過剰反応にあると思っている

一般的、かつグローバルな観点のおける資本市場の世界では当たり前なのだろうが、日本的な風土の中で醸成された日本の資本市場においては会社は株主のものではなく、そこで働く社員とその家族、そして取引先のためにあるという観念が依然として一般的であると感じている

今話題になっている内部留保金についても、そもそも内部留保を大量に株主に還元するという考えはなく、いざという時の備えで蓄えているものであるのであり、ましてやその留保金に課税されるなんて論外であると思ってい経営者は多い
※この留保金課税についてはこのコラムの観点とは違うので詳述はしないが、留保金は法人税を払った後のものなのでそこに課税するというのは2重課税になってしまうという問題が生じる

四半期決算の内容で企業の経営状態を株主(=投資家)から色々と意見を言われても、研究開発を重ねて新しい技術力を養いつつ業績を伸ばしていかないといけない成長スピードと資本市場の中で投資を中心にその効率ばかりを求めてくる投資家とのスピード感は必ずしも一致しないのである

日本企業が上場をする理由は、上場企業ともなると信用力が強化され、金融取引が有利になったり、良い人材の確保ができるという考えも根強くあり、資本市場の本来的な役割とは少しかけ離れてたところにある気がする

いずれにせよ、だからと言って企業が不正を起こして良いはずはないので大いに反省をして、少しでも早く信頼を取り戻す努力をして欲しいが、一方で海外進出等を考えていないドメスティックな上場企業は『Going Private』すべきであると個人的には思っている

2017.10.20
SRFC Taro.S

いよいよ

投稿日時:2017/10/17(火) 09:05

15日日曜日の明治戦で対抗戦全7試合中3試合が終わった

昨年よりDFについてはかなり進化していると感じている、とはいっても3試合合計で失点が218点、1試合平均70点以上取られているので何を寝言を言っているのだという意見もあるとは思う
帝京戦は0-70(昨年は0-91)、慶応戦が7-61(同7-85)、明治戦0-87(同0-70)であり、失トライ数では32T(昨年が38T)となっているのが数字的な根拠であるが、実態はもう少し良いと感じている

この感覚は昨年も観戦して比較しないと理解はできないとは思う・・・・

もったいないトライの取られ方も多くあるが、以前も述べたように「勝負の世界は結果がすべて」であり、取られたトライについては言い訳はできないのだから自分たちがやってきたことを証明したいのであればもっともっとしつこく諦めずにタックルしまくるしかない

来週はいよいよ青学戦

得点能力はうちよりも高いと思われるので先方はFW戦を避け積極的な展開勝負に持ち込んでくると想定しているが、それは成蹊がFW戦で圧倒できるという仮定の話である 青学も意地があるのでFW戦だって簡単に諦めないはずであり、安易にFW戦で有利に立てるという見方は危険である
成蹊は常にすべての局面においてチャレンジャーであるという気持ちを80分間持続させなくてはならない

第2戦秩父宮での慶応戦 グランドレベルで観ていたらK.O後しばらくの時間帯まで緊張している多くの選手の様子が伺えた
秩父宮で戦うのが初めての選手もいただろうし、天然芝生のグランドの初戦と言うこともあっただろう、しかしながらそれ以上に慶応に対して良いゲームがしたいという気持ちがいつも以上に緊張させていたのだと思う

成蹊が早い時間帯にトライを献上してしまう原因を追究していく中で、試合開始早々の緊張感を如何に解きほぐし選手個人の本来のペースに持ち込むことができるのか
重要な1戦を迎えるに当たり、3試合で出現した課題を修正させる作業(練習)も必要だと思うが、ここのところも皆で徹底的に話し合ってみて欲しい
お互いの気持ちをさらけ出すことで解決することも沢山あると思っている

2017.10.17
SRFC Taro.S

日記

投稿日時:2017/10/13(金) 13:50

子供のころ日記を書くように父親から言われていた 
当時は書いたものを添削されあまりにもひどい内容だと書き直しを命じられ、嫌で嫌でしょうがなかったので親が何かと干渉をしなくなった高校生くらいの頃から書くことを避けていたが結婚をきっかけに再開した
3年連記のものにしているがすでに8冊目に突入している

いつも手元(社内の机中)においてありごくたまに読み直すが、当時のことを思い出すのにとても役立っている・・・とは言え、中にはどうしようもない内容のことも多々あるので読みながら赤面することもある

今日は『13日の金曜日』なのでコラムはこれに因んだものにしようと思ったのだが、いずれにしても「忌み数」の話となってしまうので週末に対抗戦を迎えるチームには相応しくないと思いやめたのだが、そうなると今回のコラムの話題がなくなってしまったので・・・2015年10月13日(火)の日記に書いてあったことを披露したい

この日は茨城方面への出張だったようで、発車ぎりぎりに特急電車「ひたち」に飛び乗ることとなり、席を選ぶ余裕もなく満席の通路側に座ったことについて自身の感想を述べているものだが・・・「窓際に座っている人の荷物をどかしてもらい、残念かつ迷惑そうな雰囲気を醸し出している人に恐縮に思いながら座っている自分に対し、なんで2人シートに後から座る状況に対して後ろめたさを感じてしまうのだろう」というようなことが書いてあった

このように思っている方も多いのではないだろうか 

もっともこんな小さなことは気にせずに泰然自若に行動したいと思っているが、究極に小心者の自分には無理なことだと思っている

2017.10.13
SRFC Taro.S
 

まぐろの日

投稿日時:2017/10/10(火) 10:22

wikipediaによると今日は「まぐろの日」らしく由来を探るとなんと1,200年以上の前に遡るようだ

万葉集の中に
やすみしい 我が大君の 神ながら 高知らせる
印南野の 邑美の原の荒たへの 藤井の浦に
しび釣ると 海人船騒ぎ 塩焼くと 人ぞ多はにある
浦を吉み うべも釣りはす 浜を吉み うべも塩焼く

「八方(全国)を治めている大君(天皇)が御殿を構えている印南(兵庫県明石市近辺)の藤井の浦(沖)では、しび(鮪)を釣る舟が沢山出ており、また、釣った鮪を塩焼きにする漁師も沢山いる このような賑やかな様を何度も何度も眺めに行きたくなるのもよく理解できるほどにこの藤井の浦は素晴らしいところである」という歌を726年の10月10日に聖武天皇のお供をしていた山部赤人が詠んだ事に因んで、1986年に「日本かつお・まぐろ漁業協同組合連合会」が10月10日を「マグロの日」に制定した

当時は冷凍冷蔵手段などは当然のことながらないので、地元漁師だけがその味を堪能することができたが、江戸時代中期に調味料として醤油が出回るといわゆる「づけ」が流行し、庶民の間でも生のまぐろを食べる習慣となったと言われている

脂ののったトロの部分が珍重され、とくに青森県大間沖で釣れた本マグロの大トロは庶民には手の届かないものになってしまっているようで、また、世界中での乱獲により天然資源としての鮪は激減しており、中には絶滅危惧種に指定されてしまった種(太平洋クロマグロ)もある

現在では養殖の技術が発達し、近畿大学水産研究所が2002年に完全養殖に成功したことで資源の減少に歯止めがかかると言われている

もともと「まぐろの日」を制定したのは鮪を庶民に身近な魚としてもっと食べて欲しいという思いから記念日を制定したのだが、こんなにも世界中で食されるようになるとは当時は思ってもみなかっただろうし、その結果乱獲競争が激化し、養殖された鮪じゃないと庶民の口に入らなくなるとは思ってもみなかったと思う

その場所に行かないと食べられない食文化が近代化と共に失われていく現状を聖武天皇や山部赤人はどのように思われているのか聞いてみたい気がした「まぐろの日」となりました

2017.10.10
SRFC Taro.S

偉大な先輩

投稿日時:2017/10/06(金) 11:12

今日の日本経済新聞の「交遊抄」は建築家の坂 茂(ばん しげる)氏だった
※交遊抄とは日本経済新聞朝刊の最終頁(文化面)に毎日掲載されているコラムであり、毎回各界の著名人が自分の交友関係の中から特に思い入れの深い友人、先生や恩人に対しての思い出や感謝の気持ちを伝えるものである 「私の履歴書」の下にあり、毎回合わせて読んでいる社会人は多い

成蹊大学の情報図書館の建築設計家ということで思い出す学生やOBもいるのではないかと思うが、建築界のノーベル賞である「プリツカー賞」を2014年に受賞している世界的な建築家の一人である

坂氏は災害支援活動家としても有名であり、世界中の被災地を訪れては仮設住宅の建設に携わっている 東日本大震災の時には避難所となった体育館に避難している被災者のプライベート空間がない状況を改善するために紙パイプと布による「間仕切り」を提案し、行政と交渉しその設置を実現させたこともある
被災地における仮設住宅や仮設教会などを建設するボランティア団体VAN(Voluntary Architects Network)を立ち上げ、2013年には特定非営利法人に認定されるような慈善活動を行っている

なぜこのコラムに取り上げたのかと言うと、坂氏は実は我々の先輩であるからなのだけど・・・成蹊小学校時代よりラグビーを始め、高校時代には花園大会に出たこともあるバリバリの成蹊ラガーマンであり、高校卒業と同時に米国留学をされたけどラガークラブの名簿にはしっかりとその名前は掲載されている方だからなのです

坂先輩のように各方面で活躍されているラグビー部の先輩は沢山いるということを学生には理解をしてもらいたく、また、そういう先輩方に負けないように今を精一杯全力を出し尽くすような学生達になって欲しいと思っている

2017.10.6
SRFC Taro.S
 

結果がすべて

投稿日時:2017/10/03(火) 12:48

対抗戦第2戦 慶応義塾大との試合が秩父宮ラグビー場で行われた

前半開始10分までに3トライを取られ苦しい展開だった 徐々にペースをつかみ何度かボールを継続できる時間帯もあったが安易なミスから逆に相手に攻め込まれ、フラストレーションが溜まる前半であった

前半終了し0vs40・・・・昨年と同じような展開に学園OBの方々に応援観戦依頼の葉書を出したのを後悔し始めていた

後半開始早々にもトライを取られて0-47 後悔が増すばかり・・・
後半2度目の慶応の猛攻をゴール前しつこいDFで凌いだくらいから潮目が変わり始めた 
点差が開いたために慶応のプレーも雑になってはいたが、成蹊の粘り強いDFが一進一退の攻防に持ち込んだのだと思う

そんな中待望のトライが自信を持ってやってきたFWプレーにより取れたのは大きかった
浮足立つ慶応、波に乗る成蹊 後半40分までは前半の結果を忘れてしまうほど押せ押せの成蹊フィフティーンは輝いていた
しかしながら一瞬の判断ミスから約100mのターンオーバーを許してしまい、その後のリスタートでもノーホイッスルトライを献上しノーサイドとなった

7vs61

この結果をどう感じるのか 
『いやいや後半最後の最後までよく頑張っていたよ』と言ってくれるのは競技場に足を運んで下さって熱心に応援をしてくださった方々だけであり、ラグビー関連のネットニュースや翌日の新聞などで確認した大半の人は慶応の完勝、成蹊は2試合目も大敗を喫したとしか見てくれないはずである
学生にはこの感覚を大切にしてほしいのだ 『成蹊は2戦連続して同じような形で大敗した』と言う事実を・・・!!

世の中は結果がすべてであり、どんなにその途中経過が順調であったとしても結果が出なければ誰も認めてくれないのだ
『練習一生懸命頑張っていたよね』、『途中までは互角に戦っていたよね』なんていう甘い言葉ににわかに満足していてはならない

次戦は明治 FWBK一体となって攻めてくる破壊力は大学でもトップクラスのチームに対して、序盤戦2試合で出現した課題をどのように修正して臨むことができるのか青学戦を前に重要な一戦になると思う

結果がすべて!これを常に意識してこれからの対抗戦を戦い抜いてほしい

2017.10.3
SRFC
Taro.S



 

先人の言葉

投稿日時:2017/09/29(金) 09:01

先日、大前研一氏が主宰するビジネス・ブレークスルー大学院のセミナーに出席してきた
『最先端のテクノロジーがもたらす各産業の未来地図』という内容のものであったので(自分の復習もかねて)少し説明したい

20世紀後半はアジアの時代と言われるが、それはアジア=日本であった アジア唯一の先進国として世界経済を牽引していた
ここに面白いランキングがある
1位NTT(183.60)、2位住友銀行(76.19)、3位日本興業銀行(73.98)、4位第一勧業銀行(69.51)、5位富士銀行(68.41)、6位IBM(65.23)、7位三菱銀行(62.33)、8位エクソン(60.50)、9位東京電力(59.93)、10位三和銀行(54,.23) 
(  )内の数字の単位は10億米ドル
これは、1989年3月末時点での時価総額ランキング世界Top10である IBMとエクソン(ともに米国企業)を除くとすべて日本企業である
約30年後の2016年3月末にはこれがどのようになっているかというと
1位アップル(513.45)、2位グーグル(482.11)、3位マイクロソフト(392.00)、4位エクソン(367.10)、5位バークシャーハサウェイ(359.27)、6位フェイスブック(336.31)、7位アマゾン(311.21)、8位ジョンソン&ジョンソン(309.27)、9位GE(286.92)、10位ウエルスファーゴ(253.73) 
これらはすべて米国企業であり、その大半が1980年前後に創業された新興IT関連企業である
ものの見事に21世紀を過ぎると日本企業はTop10はおろかトヨタ自動車がようやく29位となっているくらい全体的な落ち込みが激しく経済成長は鈍化ではなく減退傾向にあることが鮮明にわかる

マクロ経済において環境分析を行う手法の一つに『PEST』というのがある
P:Politics(政治情勢)、E:Economy(経済環境)、S:Society(社会情勢)、T:Technology(技術革新)から判断することであるが、果たして1989年の時点で30年後にこのような情勢になっていることを誰が予測できただろう
つい最近の出来事を見ても、政治情勢についてはトランプ大統領が出現するなんて投票が終わるまで誰もそう思わなかったし、英国がEU離脱することも想像していなかった、経済についても明日の株価や為替相場は誰にもわからないし、社会情勢でもここまで少子高齢化が急速に進展するとは誰も思わなかった 技術革新だって車の主流が電気自動車にとって代わりそうだなんて理解不能に近い
つまり、未来を予測して何かに対応することはかなり困難なことなのであるが、間違いなく言えることは過去の成功体験や経験則に基づいて将来に備えようとしていては「負け組」に分類されてしまうということだ

石器時代が終了したのは石がなくなったからではなく鉄器が出現したからだし、馬車が車に変わったのも「車が欲しい」と思ったからではなく「もっと丈夫で早い馬車が欲しい」と思ったからである 
今まで主力であった技術も産業も「破壊的技術」の登場により企業等の交代が行われるのである

と言うようなセミナーだった もっともっとそれぞれに詳しい分析と事例が出ていたのではあるが・・・・これらを全部説明しているとものすごく長いコラムになってしまうのでかなり割愛したが・・

で、何を伝えたいのかというと
これからの世界では、「今までの成功体験は通用しないので、変化を直視し、今までの成功パターンを捨てて、新たなチャレンジを始めること」が大切であるということ

これって先日の「失敗の本質」で引用したチャールズ.ダーウィンの『強い者が生き残るのではなく変化に最も柔軟に対応したものが生き残る』ということと同じだということに気づいた次第なのです

先人の言葉って重たいなぁと思ったセミナーでした

2017.9.29
SRFC Taro.S

夜遊び経済

投稿日時:2017/09/26(火) 09:01

夜遊びと言うと・・・子供には悪い友達に悪の道へ引きずり込まれる危険一杯な感じがしてなんとなく積極的にはできないし、社会人には基本終電までという大きな壁が立ちはだかる

そんな中、夜遊び(20時~26時台)を活性化させようという動きが民間企業が中心となって出てきているらしく、政府も具体的な検討を始めることになったという記事が9月25日付日本経済新聞に出ていた

事の発端は訪れた外国人観光客の多くが「日本は夜8時以降にすることが極端に少ない」という声が多く挙がっていること起因する
昼間観光に忙しく立ち回って夕食を済ませた後に、「さて何をしようか」という時の選択肢が非常に少ないらしい

現在の夜遊びの主流は、クラブやカラオケが中心であり訪日客の消費はほとんどないのが実態で、この時間帯に遊べる場所を増やして経済を活性化させるのが狙いだ

欧米では、既存の劇場などを夜間稼働させるための規制緩和策を導入し、新たな新規設備投資などをしなくても良い形で新市場が生まれたという実績もあり、各国はその市場規模の拡大に真剣さを増してきている ニューヨークでは地下鉄が24時間運転を実施し、多くの観光客が安心して遊べるように治安対策にも力を入れているらしい

さて、日本でたとえば交通インフラを24時間稼働させようとすると安全面や労務問題を中心に様々な障壁が立ち塞がり、実現させるのに長い年月がかかりそうだが、多くの観光客が間違いなく訪れる2020年東京オリンピックまでには何とか課題をクリアし、試算では4,000億円と言われる夜遊び市場をクリエイトさせてほしい

2017.9.26
SRFC Taro.S


 

ラグビーW杯日本大会のことを考える

投稿日時:2017/09/22(金) 09:05

日本経済新聞(9/20付)で2ページにわたって『2019年ラグビーW杯日本大会』のことが特集されていた
記事はその大半を前向きなイメージで代表の現状、協賛企業の動向、開催地の準備状況等々となっていたが、冒頭に少し気になることが書かれていたのでそれについて自身の見解を述べたいと思う

今ではラグビーW杯はサッカーW杯、夏季オリンピックと共に世界三大スポーツイベントと言われているが、日本国内における認知度が低いことにワールドラグビー(国際統括団体)が懸念を示しているらしい
今年7月の市場調査会社(インテージ社)による全国32万人を対象に行った調査では、W杯日本大会の認知度は51%でありその翌年に行われる東京オリンピックのそれと比較して大きく劣ることが判明、また実際に直接競技場に足を運んで試合を観戦したいという人が8%に留まっているからだ
また、競技場とホテルとの距離や移動手段、ホテル設備の水準の低さも懸念材料として指摘されているとのことであった

これに関して思うのは、まず日本人は「熱しやすく冷めやすい国民気質」・・すでに2年前の日本代表vs南アフリカ戦なんかはラグビー好き以外では既に忘れさられているし、「五郎丸」も過去の人となっていることを考えると、大会が直前になれば自然と盛り上がってくるはずであり観客動員数について今の段階で心配することではないと思っている 
※しかしながらチケット代が想像以上に高額な場合、地方開催地かつ日本代表が出場しない試合の観客動員が少なくなってしまう可能性はあると思う
次にインフラ整備についてだが、全12会場(札幌、釜石、熊谷、東京、横浜、袋井、豊田、東大阪、神戸、福岡、大分、熊本)の全て会場において同等のインフラを求めること自体に無理があると思う
たとえば、釜石会場を例にとって考えればよくわかると思う 
もともとは新日本製鐵釜石工場の企業城下町であったが、ラグビーの新日鉄釜石時代の終焉と共にピーク時9万人を超えていた人口も現在では4万人弱と過疎化が進む一方である
東日本大震災の復興のシンボル的な存在としてラグビーで再び町を盛り上げようとする気持ちは理解できるが、釜石へ行くのにどのくらい掛かるかというと東京から新幹線利用で5時間、高速バスで9時間、自家用車でも7時間もかかる
そのような場所に運営側が求める収容人数を満たすような立派な競技場を作り、宿泊施設を完備したところでW杯が終わった後にいったいどれだけの観光客やスポーツ観戦者が訪れてくれるのか、それは地元の人が良く理解しているはずでそのしわ寄せは地元行政と地元企業に及んでくることが自明なのでお金を掛けたくないという気持ちはよく理解できるのだ

近年スポーツイベントの商業化が問題視されており、オリンピックの招致でさえ手を挙げる国と地域が減少傾向にある中でラグビーW杯も同じ道をたどってしまうのではないかと危惧している
もともとラグビーはプロ化されるのに時間がかかっており、それだけ依然としてアマチュアリズムが強く残っているスポーツであり、お金をかけることに対して良しとしない風土があると思う
せっかく釜石や熊本など震災被災地を開催都市に選んだのであれば、もう少し地元事情を優先して実行していく道を模索して良いのではないかと思っている

2007.9.22
SRFC
Taro.S
 
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